『嬉しゅうて、そして・・・』
2008/05/19(Mon)
城山三郎の 『嬉しゅうて、そして・・・』 を読む。

2007年つまり昨年2月22日に79歳で亡くなった城山三郎。
その年の8月に娘井上紀子によって編集・出版されたもので新しい。

私は城山三郎と言う人は徳に溢れ立派な意気軒昂な、正義感溢れた人を想像していた。
まったくそうであるのだが、うかつにもこの裏にそうでない人に強い嫌悪感を持っている人だということに容易に思いが至らなかった。

月刊誌や週刊誌などへの小文や、講演内容を集めた作品だからか、この後者の部分について書かれたものが多いのがこの書の特徴である。
立派な人を見つめて書くことは人として生きていくうえでの喜びになり書く人も読む人も人生を豊かに出来る。
そうでないことを書くことは、人生に失望をもたらす。
しかし、月刊誌や週刊誌などの時評には、欠かせないことである。
タイムリーな政治家への苦言にどれだけの政治家が耳を傾けただろうか。

しかし、城山三郎晩年の筆には、もう自分の言いたいことをいい、行きたいところに行き、やりたいことをやり、食べたいものを食べる。
もういいんだ、楽に自分の思いのゆくところで生きていこうとするそんな思いが溢れている。

自分が好んで書こうとしてこつこつと資料を集め小説にした人と、晩年語り合っているのではないかと感じるところもある。
私は彼の作品のどれくらいを読んでいるのであろうか、作品の中で出会ったことのある人とは私も仲間に入れていただきたくて繰り返し読む。

そんな人物群のなかで、キリスト教信者の意外と多いいのに気づく。
城山三郎がキリスト教徒であることに由来しているのだろう。日本人のキリスト教徒のかたの晩年にふれるのは初めてかもしれない。
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