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『ディスタンクシオン』 
2020/12/01(Tue)
 岸 政彦著 『ディスタンクシオン』 を読みました。
 100分で名著 ブルデュー の 『ディスタンクシオン』 についての解説書です。
 前日歯医者に行った帰りに購入しました。
 ブルデュー の 『ディスタンクシオン』 とは、初めて知る著者であり著書です。読みかけの本をそっちのけで開いてみました。結局最後まで読んで、よく理解できなかった最初の方をさらに少し読んでみました。

「ディスタンクシオン」とは、フランス語で 「区別」。英語で 「差異・弁別・卓越「 であるとなっています。この本のテーマは、趣味とは何か・文化とは何かだといいます。 それをつきつめて、 「自由とは何か?」 ということだとのべ、結論として 「人間は不自由である」 ということに行きつくことの説明がなされていくとあります。
 これでは何のことだかさっぱりわかりませんが、岸 政彦氏 の解説を通して、 著者ブルデュー の住民の各層に及ぶ綿密な調査によって、人は自分が好きで選んでいる(と思っていた)趣味は、社会階層と学歴によって傾向づけられているとし、そのメカニズムを 「ハビトゥス(習慣・くせ・性向・傾向性)」、「界」、「文化資本」 などの概念を使って、その構造と、その構造の生成の仕組みを明らかにしたことが分かってきます。

 このようなところを読んでいると、私も、自分の学歴、育った家庭の文化や経済状態について、また今となっては職歴、住んでいた場所などについて思い起こし、「自分は一体どのような人間なのだ」 と改めて考えてしまいます。

 そのように考えていると、私の今までの読書は、自分とは関係のない何かを読んでいたような気がしてきます。
 例えば、直前に読んだ1997年8月に出版された 辺 真一著 『北朝鮮餓死か暴発か』 という本について考えました。結局その体制は2011年まで続き、さらに2020年の今日も、その延長線上にいるのではないかと思えます。餓死はますます進んでいるのかもしれませんが、暴発は起こりません。
 これだけ、人民の厳しい状況を見抜いてそのことばかりが描かれているにもかかわらず、暴発は起こらないのです。暴発を起こすことで、いま丼一杯の粥が食べられるという状況が絶対にないのが現実だということがよくわかっているのです。人民のもつ、「ハピトゥス(習慣・くせ・性向・傾向性)」 がそうはさせなかったのだということになるのでしょうか。

 私の町内会では、災害の多いい今日のことを考え、老齢化している団地のまさかのときの救済活動についていろいろ話し合っています。まずは ブルデュー の社会学に見習ってプライバシーに気をつけながら住民の現況を調査することから始めることが大切と切実に思ったのでした。


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