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久しぶりのブログ記事
2021/03/07(Sun)
 ブログを書かなかった間、多少本を読んだ。いちばん分厚かったのは『5000匹のホタル』途中これはなんだか知っていることがらだ・・・・と思って、読み終えブログ記事を書きかけて念のため過去記事を調べてみたら2017年6月に感想など書いていた。そのうちだんだん本が読めなくなった。たぶんこんなにテレビを見るのは初めてという人生初のテレビ三昧が始まった。
 その原因の一つが、2月の初めから来客が連日だったことだ。其の後には事務局としての作業が少しある。必ず家にいることがわかっているからかもしれないと気づいたころの2月28日、和子さんが孫を連れてきて福王寺登山に誘ってくれた。

そして3月1日、思いがけない電話があった。それからのことをブログ記事にします。もし読んでアドバイスがあったらコメントしてください。

Nさんメモ
◎ 3月1日(月曜日)晴
朝、民生委員のYさんから電話があった。YさんはNさんの認知症の話をされ、Nさんが行くところがないと言っていたことで相談を受ける。そして家が近い私に協力を依頼された。
(最近、団地の下の191号線を車で走っているとき、免許書を返納したNさんが速足で歩いているところをよく見かける。彼女とは、年末に我が家の家の修理にトラックが入るので、その間我が家の車2台を彼女の家の庭に置かせてもらった。そのとき彼女のひどい赤切れにびっくり。年明け家の中の整理をしていて見つけた赤切れの薬を、ごみを出しに行ったときに出会った彼女にその薬を取りに来ていただいて・・・・、といったような関係だ。)

正午ころNさんに電話連絡がつき昼食後の12時40分に迎えに行くことに決めて二人で福王寺の駐車場まで登る。
下りる途中、夫がNさんに鯵の刺身を取りに寄るよう伝えたので我が家に立ち寄ってもらう。和子さんのつくったクッキーを食べながらコーラを飲んで鯵の刺身を土産に持って帰られる。送っていく。帰ってみると4時30分。

※ 迎えに行ったとき、私の家迄行ってきたばかりだといわれたので驚く。
登山途中では、教育テレビの高校講座の社会科でみた保険の話などした。
※Nさんは難聴の人へのボランティアをしていたとき、大きな声で話していて通りがかりの人に大声で話すなと怒られた話をされた。
※一緒に我が家にきたとき、出迎えた夫と私を見比べながら二人は結婚していたのかと言われたので驚いたと夫が後で私に話した。
※夕方二軒隣のOさんの家の前で娘さんを見かけたので挨拶すると、母がお世話になっていますと言われた。その様子から、近所の人が見守っていてくれることに感謝されている様子が伝わり、近くにいても働いているとやはり近所の人が頼りなのだと感じていることが伝わってきた。

◎3月2日(火曜日)晴
10時20分ころ電話する。いつもの彼女だったら昨日の鯵のお礼などをいうところ、先日はいろいろありがとうございました。とお礼を言われる。散歩したいときは誘ってねとお願いをして電話を切る。

◎3月3日(水曜日)晴
10時5分頃電話して忙しくしているかどうか聞くと、生協が来たので忙しかった。話のなかで、生協の商品には量が多すぎるものがあるといわれる。それでは多すぎるものはその半分をその値段で私に売ってくれたらいいというとそれを持ってくると言われる。散歩するかどうか聞くと散歩すると言われるので、散歩の支度をして持ってきてくれとお願いする。待っても来られないので出かけてみると1本手前の道で家を探しておられたので声がけをして一緒に我が家へ帰る。つっかけ履きで来ておられたので、散歩の準備のために彼女の家に行く。家に上がってくれと言われるので上ってみると以前とは考えられないほど家のなかは足の踏み場もないほどさばけていたのでびっくりした。散歩の行帰りの途中に2度ほど共通の知人のKさんの家に寄ってみたが留守であった。 一昨日より認知の度合いが極端に悪く感じられ不安になる。
※Nさんの持ってこられた生協の商品は想像より大量で代金をというとそれはいいと言われる。コロナパンデミックの前はいつもお刺身を届けていたのを彼女はありがたがってくださっていたので代金は言われるとおりにする。

◎3月4日(木曜日)晴夜小雨
夕刻5時前、鯛めしをもって訪ねたが留守だった。帰って携帯に電話をすると今下へ下へ降りてサンリブに行っているといわれた。鯛めしを持って行ったが留守だったというと、残念そうだった。帰りはいつ頃になるか聞くとできるだけ早くして7時ころになると言われる。7時に鯛めしと、そのあとわりと美味しく作れた大根の葉っぱと油揚げの炊いたのも持っていく。何度も来たのかと言われるので、いや今来ただけだと応えた。入れ物を返すことに自信がなくて気を使わせそうなのでお皿を持ってきてくれるよう言うと食器ではなく空になった入れ物を持ってくる。もし今日は口に合わなくても冷蔵庫に入れておいて明日美味しく感じることもあるから食べてね。というと、うれしそうな様子。こちらが慰められる。よく考えてみるとサンリブには食事に出かけられたのではないかと思った。

◎3月5日(金曜日)小雨のち晴れ
 午後4時前電話を入れる。喫茶店のキャロットで昼食を食べていて、そのあとサンリブに行くと言われる。甘酒を造ったので一緒に飲めたらとおもって電話しました。というと、お酒が苦手で甘酒も飲まないとのこと。じゃあ夕方きんぴらごぼうを造ったので少し持っていくね、というと喜ばれて、帰ったらもらいに行くと言われ、帰って取りに来られる。

◎3月6日(土曜日)
10時ころOさんとNさん宅へ酢鯖を片身ずつ届ける。Nさん宅では留守だったが、ちょうど娘さんと車で帰ってこられた。娘さんと挨拶をして帰る。世離れするほどの美しい娘さんは少しして同居すると言われた。(民生委員さんに聞いていたが黙っていた)
Nさんは、3時ころ入れ物の二つとラーメンとミカンを持ってきてくださる。娘さんはすぐ帰られたとのこと。
 夕方5時ころ再度今日はありがとうと言ってマスクを持ってきてくださる。出来立てのバラ寿司を味もきかずに大きなタッパーに詰め込んで錦糸卵や桜デンブ、紅ショウガ・パセリで飾って持って帰っていただく。7時過ぎ思ったよりお寿司がおいしくできていたので安心したと電話を入れるとおなか一杯食べたといわれた。

  彼女にかかわって、約1週間が過ぎました。
 核家族で育ち、長男の嫁でありながら夫の父母にも私の両親にも煩わされることなく見送ってきた私ですが、彼女に思いを寄せるこれからの生活が、わたしの何気ない日常になる今日の記念として記録しました。


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