『ある運命について』  ⑫ 
2008/12/15(Mon)
 司馬遼太郎著 『ある運命について』ー「奇妙さ」ー を読む。

 幕末の新撰組についての話。
 司馬遼太郎は新撰組を題材にした『燃えよ剣』という作品を書いている。
 なぜか、若いころから何の影響からか判然としないが、新撰組は陰険な感じがして本でもテレビでもほとんど見たことがない。

 この、エッセイの冒頭
 ≪新撰組のことを調べていたころ、血のにおいが鼻の奥に溜まって、やりきれなかった。≫
を読んで、やはりそうなのかなと思う。

 では、なぜ新撰組について、書いたのかについて、
 ≪ただこの組織の維持を担当した者に興味があった。≫
とある。

 組織の中心人物、近藤勇と副局長の土方歳三に焦点を当てる。
 近藤勇は剣術(天然理心流)の先生のところに養子にもらわれ、その跡取りとなる。
 三多摩地方に出稽古に行く時は、土方の義兄の名主の佐藤彦五郎の家を宿にしていた。
 この佐藤彦五郎は、名字帯刀を許された豪農で、のち、新撰組の初期のパトロンとなる。
 土方歳三はこの、義兄の家に入り浸っていた。

 近藤勇は、頼山陽の『日本外史』の愛読者であったという。
 頼山陽の『日本外史』の、「宋学的尊王」、「宋学的攘夷」、という思想を強く持っていたという。
 そして、それが近藤勇の「政治的正義」となる。
 その「政治的正義」をつらぬく組織の維持。
 この内容について、

 司馬遼太郎は、新撰組についての作品を書いた総括として、「政治的正義」について、恐ろしいといい、人迷惑だと述べている。

 勤王家の集まりだと聞いて入ったという阿部は入って見ると大いに違い分離する。彼の言に、
 ≪「近藤勇の趣旨と申しますものは、つまりこれから幕臣となって幕府に尽くすと言うまでのことでございまして、その挙動というものは昔の山賊のようでございまして、ややもすれば直ぐに自分の意に充ちませぬとか、或いは反対の見込みのあると考えますると、それを密かに斬殺すというようなことで、甚だ危険でございました。」≫
とあるように、新撰組の上に立つものが、剣術かとしては腕利きであったが、いたって無知で残酷なものが多かったようである。
 
 司馬遼太郎は『燃えよ剣』では、土方歳三の、近藤勇のような正義などはなくただ組織だけだったと思える「奇妙さ」について書いてみたかったと述べている。
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