『白洲次郎の青春』
2009/01/20(Tue)
白洲信哉著 『白洲次郎の青春』を読む。

「MEN’S EX」(世界文化社)に掲載されたものを加筆訂正し、新たな写真を加えて再構成したものとあり、2004年、2005年、2006年にかかれたもの。装丁が美しく青春を送ったイギリスの写真も多く、白洲次郎を十分に堪能できる。

白洲次郎に関する本は2冊くらい読んでいると思うが、それらの本を読んで知りえた白洲次郎があればこその楽しい読み物であった。
 
 また、このお孫さんだという白洲信哉氏の文の楽しさもあり、手にするやあっという間に引き込まれて読んでしまった。

   目次

  まえがき、のようなもの

  白洲次郎の卒業旅行

  英国探訪



 「白洲次郎の卒業旅行」は、白洲次郎が1925年の暮れから1926年1月まで、12泊13日でジブラルタルまで愛車のベントレーを運転して親友のロビンと卒業旅行をしたアルバムを元に、夏場やはりベントレーでできるだけ同じコースを同じホテルに宿泊しながら、白洲次郎の青春に近づこうとするものだ。アルバムの写真と80年後のこのたびの取材旅行で写した写真とを並べて掲載されていて見ごたえがある。
 白洲次郎がベントレーという車を購入した経緯について
 ≪祖父が購入したのは、1924年5月24日。ペントレーのディーラーであり、この年のル・マン24時間耐久レースに同じ3リッターモデルで優勝したジョン・ダフという花形レーサーから直接買った。≫
 とある。この頃の道路事情は今とは格段の差で、又車の状況もミッション以前と言っていいのか体力と技術を要しエンジンが自分の心臓のように思えなければ運転できなかったのではないかと思える。また、真冬にオープンカーであり、ほんとに、青春の真っ只中で無ければなせる技ではない。
 この章の終わりに厳冬の欧州大陸を駆け抜けた「’24年式W,O,ベントレー3Lスピードモデル」と、80年前の祖父の足跡を辿ったベントレー「’05年式ベントレーコンチネンタルフライングスパー」の写真がある。
 祖父について、いろいろなことを思い浮かべながらの紀行文はほんとにいい。

 英国探訪は、前記の旅行の1年前のものである。
 白洲次郎のイギリスでの17歳から26歳までの9年間、白洲商店が倒産して帰国を余儀なくされるまでの留学生活にかかわる足跡を追ったものである。
 ウィスキー、ケンブリッヂ大学、そのほか身に着けるスーツ、帽子、ハンカチ、靴、シャツネクタイなどを調達していた、王室ご用達の超一流のオーダーメイドの老舗について書かれてある。

 白洲次郎がこよなく愛したウィスキーについては、その聖地と呼ぶにふさわしいというアイルランドのすぐ北側にあるアイラ等を訪ねたり、スコットランドのスペイサイドを訪ねたりしている。
 
 白洲信哉という人は、母方の祖父が小林秀雄である。
 最後に、その小林秀雄の『無常という事』という本の抜粋を載せている。

 ≪・・・・生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。≫

 亡くなっておおかた十三回忌にもなろうとするとき、やっと、白洲次郎の人となりが分かってくるということだ。
 
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