『ふられ虫の唄』
2009/02/02(Mon)
海援隊 武田鉄矢著 武田鉄矢のさすらい青春記『ふられ虫の唄』を読む。

 彼が26歳のときに書いた本だが、時には大笑いしながら、また涙しながらおもしろく楽しく読み進んだ。
 彼は、教育大学に学んだが歌手になった。唄の間に入れるトークが評判を呼んで彼の人生哲学のようなものに人気があり、『母に捧げるバラード』では、レコード大賞わ受賞し、NHK紅白にも出演した。そして結婚もした。
 大学4年の秋東京に出てからのこのような3年間のできごとは、教師になっていたなら10年間で経験したほどのことであったかもしれないと語っている。

 そうはいっても大学生の頃の人との出会い、読書、学問、教育実習などが彼のその後の人生を作り上げていることを強く感じる。

 武田鉄矢は昭和24年4月11日生まれ、私とは38日しか違わない。
 そのことに気づいて同じ世代を生きてきた者として一層読みが深まった気がする。

 武田鉄矢がそんなに好きなわけではないが以前から気になっていることが2点あった。

 一点は「暮れなずむ町の光と影の中・・・・・」という歌詞。
これは私が唯一詩を書いて高校の文集に載っている詩の冒頭の状況の描写とほとんど同じだったこと。あのような状況の時を詩に歌いこみたいと思う気持ちが一致していたこと。

もう一点は長女の菜見子という名前である。
私は長女が生まれる前、男の子なら姓が夫の姓であるからそれにふさわしい名前を夫につけてもらい、女の子だったら将来結婚すれば姓は変わるので手元に居る間だけでも自分の好きな音で呼んで可愛がってやりたいと思って私につけさせて欲しいと頼んでおいた。
生まれてみると女の子であったので私は菜美子と名づけた。菜見子さんより6歳年上。

 文中、大メジャーのプロデューサーの「いいかいキミ、今からこんな音の作りは通用しないよ。大衆はこんなものを求めてはいない。・・・・・」から始まる大衆論に反発しての言がある。「・・・・おのれを含めての大衆では有りませんか。それは操作可能な集団で有ろうはずがない。ぼくらは吹いてくる風で、どうにでもなる、たったそれだけの砂であることを肝に命じておきたい。はやり唄の世界に生きて、もう3年が過ぎていこうとしております。なんだか覚悟めいたものが、最近急に固まってきました。風のいうことは聞きながらもそれに左右されず、もう少しこの砂の上の世界を這い回ってみたい。」こんな覚悟が持てる人が坂本竜馬を理解できる人なんだなーと思う。



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