『この国のかたち』1 「“雑貨屋”の帝国主義」
2009/02/19(Thu)
司馬遼太郎著 『この国のかたち』 「“雑貨屋”の帝国主義」を読む。

 著者の司馬遼太郎は、明治38年から終戦までの40年間を、一種の得体のしれない生き物のように、あたかもカフカの『変身』の冒頭のような書き出しで登場させている。
 彼が、何かの作品で、「まほろば」と呼んだ美しいこの大和日本の山並みのなかの谷あいにそれをみいだし、みつめてなにやら問うている。

 日本史にあってこの時代だけが異物であると感じる表現なのである。

 日露戦争以後日本という国がなんとも理解しがたいものに統帥権を奪われて国家を破綻に追い詰めていった。
 そのなんとも理解しがたいものが、結果として「“雑貨屋”の帝国主義」であったというのである。
文中「ぺい」ということばがでてくる。日本は国の信を捨ててまで日韓併合をやってのけたがそれは「ぺい」できたのか。満州国うちたてたことについても「ぺい」できたのか。わずかな日用雑貨を華北への密輸によってかせいだだけのことで国家を破綻においつめたたというのである。

考えてみると近代において戦争というものはペイできるものはなにもないとおもうのだが。

スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『微笑みの貴公子ペ・ヨンジュンの涙』 | メイン | 『この国のかたち』 1 「朱子学の作用」>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/198-7983f9d2

| メイン |