『この国のかたち』1 「“統帥権”の無限性」
2009/02/23(Mon)
 司馬遼太郎著 『この国のかたち』 「“統帥権”の無限性」を読む。

 昭和の始めころから敗戦までの十数年間についての話である。
 日本の歴史とか、特性を語るときさまざまな切り口があるが、司馬遼太郎はどの切り口から見てもこの時代は他の時代からつながっておらず不連続であるというのである。
 この時代に兵役に借り出された著者としては、資料を集めれば集めるほど、取材をすればするほど、日本を破滅に追いやった統帥権者独走ぶりがどのように考えても腹が立って仕方がないということが強く伝わってくる。
 丸谷才一に「司馬さんには、昭和の戦争時代が書けませんね」といわれうなずくしか仕様がなかったといっている。
 よかったことなら書けるが、まだ関係者が生存しているため書けないのだとふれていないが、想像に難くない。
 このときの参謀本部の持つ統帥権は、三権から独立しはじめついには三権の上に立って万能性を帯びはじめ無限に近くなったことについて、そのことがいかなる日本の歴史とも不連続であるというのである。
 彼のこのような記述については、以前にも何度か触れているような気がするのだが
昨今の社会情勢を見ていると、いまにも通じることを痛切に感じて不思議である。
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コメント
- 今どき統帥権 -
官僚と軍部との類似については、民主党の長妻氏も指摘しています。自己の論理で、利権王国を作ってしまいました。これを崩すのは大仕事です。
2009/02/25 19:26  | URL | 志村建世 #-[ 編集]
-  -
 こんなことが長く続くはずがありません。
 ある日、新しい国家のありようが示され、あっけなくガラガラと音を立てて崩れ去ると信じています。    



 
 
2009/02/25 21:51  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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