『この国のかたち』1
2009/02/24(Tue)
 司馬遼太郎著 『この国のかたち』1 を読む。

各章いちいち内容がこいくいいと思うし記憶にとどめおきたくて記載していたが早く読み進みたくて最後まで一気によみおわった、2,3と読み進みたくもあって、各章の題名をあげて、何が書いてあったかと読み返すとき、その内容を思い出せればそれで幸いということにする。

 「正成と諭吉」
 「機密の中の国家」 
 「明治の平等主義」
 「日本の近代」
 「尊皇攘夷」
 「浄瑠璃記」
 「信長と独裁」
 「高貴な虚」
 「孫文と日本」
 「江戸期の多様さ」
 「若衆宿と械闘」
 「藩の変化」
 「土佐の場合」
 「豊臣家の一情景」
 「谷の国」
 「六朝の余風」
 「日本と仏教」
 「日本の君主」
 「若衆制」
 「苗字と姓」

とはいうもののここですこし「孫文と日本」についてふれておく。
 孫文は、大正14年亡くなる数ヶ月前、日本にやってきて神戸で「大アジア主義」という演説をした。
「いまから三十年前まで、わが全アジアには、ひとつの完全な独立国もなかった。」三十年前とは明治27年日本が安政以来の不平等条約をようやく解消した年のことである。
 「あなたがた日本民族は、西方覇道の手先となるか、それとも東方王道の干城になるか、それは日本国民が慎重にお選びになればよいことです。」その後の日本がどうなったかは、触れるまでもない。と述べる。
 この演説の意外さは井伊直弼が安政条約を結んだ1858年から明治27年までの36年間の日本は、欧米の植民地であって独立国家ではなかったと規定したことである。とこの36年間について触れて日本人の中に欧米の植民地であるという意識がなかったことを述べている。

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