『吾妻鏡』上・中・下
2009/05/10(Sun)
竹宮恵子著 マンガ 『吾妻鏡』上・中・下 を読む。

1994年出版。

 わかりにくい本だった。
山岡荘八 徳川家康 【コミックセット】28巻 などは、わかりやすく子供が楽しみながら歴史に親しむことができるが、『吾妻鏡』は、作者がかなり手を入れてもわかりにくいところを見ると、その当時の記録がわかりにくいのだろう。
中に、頼朝が、「きちんと記録できぬようでは・・」と家来を叱責する部分があるが、」これは、竹宮恵子が言わせたものかと思えて苦笑する。

 ただ、このころ起こった氏族の中に、のち歴史上名家といわれるような人たちのことを頭に留め置くには面白みがあった。

 たとえば、先日近くにある高松山というところに登った。
 その山の頂上には熊谷氏の居城跡がある。関が原の後、毛利が山口に国替えになるときに一緒に行ってしまった武将だが、そのご先祖様がこの『吾妻鏡』では、熊谷次郎直実として源平合戦で活躍し、鎌倉幕府の重臣として活躍するさまが描かれている。大江広元もそうである。
 その功により三入(みいり)の荘をもらいうけこの高松山に城を築いていた。

そして、その高松山から10キロくらいのところに武田山がある。
ここには、安芸武田氏の城跡がある。熊谷氏に寝返られた後毛利に下っている。
この武田氏も『吾妻鏡』では信光などが活躍をする。
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