『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』 4
2009/11/25(Wed)
 村上春樹著 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』の続きをさいごまで読む。

 さいごのエッセーに「僕らの世代はそれほどひどい世代じゃなかったと思う」という作品がある。
 意外なことに、被差別部落のことが話題に上る。

 ≪・・・僕は17歳になるまで、被差別部落なるものが近くに存在することをまったくしらなかったからである。・・・正直言って僕の両親も教師も友達も、部落問題についてはまったく何も教えてくれなかったし、言及したことすらなかった。だから僕は被差別部落についての知識をまったく持ち合わせず、差別が存在することすら知らなかった。・・・≫とのべ、この17歳にして始めてその存在を知った経緯については誰にも話したことがないともおっしゃる。
 
 そして、自分がしでかした事件によって、その存在を知った経緯についての話がつづくのであるが、そこに、だれもが差別を嫌い差別をしようとする人を毛嫌いするような集団が自分たちのクラスであったことをつくづく「僕らの世代はそれほどひどい世代じゃなかったと思う」とのべている。

 あらためて、村上春樹についてウィキベディアでみてみると、なんと誕生年月日が私と2ヶ月足らずしかちがわない。
 じつは私も15歳のときに学校の夏休みの全校生徒対象の講演会で始めて知った。
 末っ子のわたしはそのころ下宿をしていて家を出ていたし、姉と兄もそれぞれ家を出ていたので以後どのくらいたって姉や兄に話したか記憶にないが私が話すまで知らなかったといったことだけはよく覚えている。
 
 さらにウィキベディアで村上春樹の項を読みすすんでみると、「平易な文章と難解な物語」というところに村上春樹自身、、

 ≪「論理」ではなく「物語」としてテクストを理解するよう読者に促している。一辺倒の論理的な読解ではなく、「物語を楽しむ」ことがなによりも重要なことだという。・・・魂の深い部分の暗い領域を理解するためには、明るい領域の論理では不足だと説明している≫

というところがあり彼は、この件についての記述の方法としてさりげなく彼の「物語」を書くときの手法を用いて最大の効果を上げているようにおもえる。
 
 おそらく、彼にとってはこの件についてどのように語るべきか長年の懸案だっただろう。
 しかしいま、この一文を読んで、「さすが」と脱帽する。




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