『蛍・納屋を焼く・その他の短編』 3
2009/12/15(Tue)
 村上春樹著 『蛍・納屋を焼く・その他の短編』を読む。

 「踊る小人」

 このタイトルを見てすでに読んだことがあるような気がした。

 ハッキリした記憶がないので、どうだったかなと思いながら読みすすむと像の工場の話が出てくるのでやっぱりと思うがことの顛末についてはやはり思い出せない。

 話は、夢の話である夢の中の話なので、矛盾点が一杯あるがこんなことがあると面白いなという実験にはどうにか賛同できる。
 
 とても上手に踊る小人がいてそれが、女の子をダンスで射止めようというときに自分の体に入ってきて躍らせてくれるという話である。

 よく、手のいい女性が亡くなったとき、手だけでも置いていって欲しかったよね。ということを聞くことがある。

 私にも、10歳年上の親切な友達がいた。なくなって、15年になる。

 当時は、まだ仕立てた洋服を着ていた時代で、彼女は足が悪くて洋服の仕立ての仕事を内職にしていた。
 誰かが布地を持って洋服の仕立てを頼みに来ると、必ずその布地の色やデザインにあう裏地・ボタン・ファスナー・糸などを買いに連れていってくれとたのまれた。そんな時私に似合いそうな布地があると一緒に仕立ててくれたりもした。
 
 私の歩幅に会うスリット丈を決めてくれ、夫がスリットのあるスカートは嫌うからというと重ねのあるスリットにしてくれたり、20年は着れるようにしてよねというと普遍的に着れるデザインのなかから私に似合うデザインにしてくれたり、寒がりの私のために袖ぐりを少し大きめにして下に重ね着できるようにくれたりした。
 体型の変わらない私は彼女がはるか昔に亡くなっているのにいまだにその洋服を着ることがある。
 一度そんな服を着てしまうと、既製服ではなかなか体にぴったり合わないのでどうしようもない。
 
 洋服を着ると彼女のことを思い出す。彼女も読書好きでよく本の話をした。
 そして、司馬遼太郎の奥さんが、いま司馬遼太郎と出会えたら何が話したいですかとのインタビューに人の悪口といわれたというが、私がいま彼女が生き返ったとしたらまったくそういう話をする気がする。
 彼女は「いるいるそういう人が、ほんとイヤよねー。」と、一言の元に同情してくれたり、「あなたらしくもない、それは違うんじゃない。上手の手から水が漏れね」と私を戒めたりした。
 そして、私がもっともらしいことを言うとアカネ語録といってその考えを賞賛してくれた。そんな彼女がすっかり私の体に入り込んでいる。
 でも、その洋服をかっこよく仕立てるその手はもうない。
 
 考え方は人の体に入り込んでも、その体の動きは入り込まないのでこんな話が夢のごとく魅力的におもえる。
 著書ののテーマとは少し外れるが。
 
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