『日露戦争勝利のあとの誤算』
2010/02/04(Thu)
  黒岩比佐子 著 『日露戦争勝利のあとの誤算』 第1章を読む。

 第1章 薄氷の勝利
賠償金ゼロ」とのポーツマス講和会議の報に憤った東京朝日新聞主筆・池辺三山は、「政府は国民を侮辱した」と、「ニコポン宰相」桂太郎の責任を追及する苛烈な論陣を張った。
 小村寿太郎 VS ウィッテ。
 ポーツマスの攻防
 講和条約をめぐる駆け引き
 新聞の取材競争と講和反対キャンペーン
 『東京新聞』池辺三山の失意
 「対外硬」一派の多彩な顔ぶれ
 同志連合会、国民大会開催を決定
 ニコポン宰相、桂太郎の奸計
 桂太郎と原敬の密約
 お鯉という女

日露戦争を煽り立てた新聞! 記者でありながらいろいろな政治家と会い政治家にけしかけたり国民の感情を操作したり、そして賠償金が無いとなると政府を攻撃するキャンペーンを張る。これらのことを新聞社や政府や人民のだれかを非難するというスタンスでなくそのいきさつを臨場感あふれる筆致で伝えてくれる。
 昨年の9月に民主党が政権を取ってから本を読むより政治の動向をテレビで見るほうに興味が湧いていた。その政府に対する臨場感と同じような臨場感を感じる。
 
池辺三山といえば、熊本藩の藩士であるお父さんが西南戦争で処刑された人である。そのことを知った漱石が西郷隆盛の伝え聞いている風貌と池辺三山が似ているといってつくづくとその風貌を眺めたとどこかで読んだことがあるが三山の写真も大きなのが掲載させていてその目鼻立ちの大きいところからその光景を思い浮かべる。
その池辺三山は、実はカチカチの征韓論につづく帝国主義者だったのだということを改めて感じる。その三山は陸羯南、徳富蘇峰と共に明治30年代の代表的記者であったといわれているという。

また、陸羯南については正岡子規が亡くなるまで身体をさすって慰めていた話を思い出すが、この書での三山への対応についてもこの人の並々ならぬ人間性に感動する。
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