『日露戦争勝利のあとの誤算』 2 
2010/02/10(Wed)
 黒岩比佐子 著 『日露戦争勝利のあとの誤算』 第2章を読む。

 日露戦争は勝利したというよりは日本の余力もまったくなくなった頃ロシアが自滅してくれたといってもいいような結末であり、そんなことがあまり知らされていない人民は「賠償金ゼロ」とのポーツマス講和会議の報に大変不満を持った。というような認識しかなかった私もこの当時の臨場感あふれる、政府とマスコミと人民の動向を伝えた資料を読むと「そうよね命を懸けた、国運をかけた戦いだったんだもの」とその空気が多少読めてくる。

 この章は、第一章の「賠償金ゼロ」とのポーツマス講和会議の報を新聞社が国民を愚弄する政府などと書き立てて反政府への国民感情を煽り立てる様子に対してその報道を聞いた人民が暴動を起こす様子を明治38年9月5日の日比谷公会堂の国民大会を中心に伝えている。

そのスタンスは
≪事件のきっかけをつくったのが対外硬のグループである講和問題同士連合会と、その活動を強圧的に押さえ込もうとした警察だったのは間違いない。しかし、この騒擾(そうじょう)事件の構図は複雑で、未だに謎が解明されずに残っている。≫
と述べ、その解明に筆を起こしている。

そして、結末として
≪爆発することが予想されていた民衆の不満のエネルギーを、桂太郎が自ら用意したシナリオに沿って交番焼き討ちを演出したのが黒龍会の内田であり、表面には出てこないが、玄洋社の頭山満だった、という仮説を導き出すことが出来る。≫
としている。

この、推測については他に政治学者の中込道夫氏、文学者の前田愛氏も叙述していることを述べている。
この「前田愛氏」、娘が卒論を書くときにこの人のテクスト論の影響を受けてその読書法での読みで開高健を論じたのでその名を記憶している。
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