『賢人たちの世』
2007/10/09(Tue)
  城山三郎の『賢人たちの世』を読む

 本書は、昭和40年から50年にかけての「政界の三賢人」椎名悦三郎、前尾繁三郎、灘尾弘吉の三人について書かれた作品である。

 「賢なる者は無力で愚者のみ逞しい」という世ばかりではなく、曲がりなりにも賢人が賢人として遇された世が戦後にもあった。
 このことを、今の世の姿への苛立ちや、失われたものへの強まってくる渇きのゆえに、と平成2年に城山三郎はこの小説の冒頭に書いている。

 全く、安部総理の引退を知らずに亡くなられた城山さん「もっと酷い事になっているんでございますよ」と呼び戻したい心境で読んでいく。

 三人のうち椎名悦三郎の生まれにびっくりした。な、なんと高野長英、後藤新平と親戚だなんて。養子になってから、椎名悦三郎になったのでもとは、後藤悦三郎だったという。岩手南部の出身という。前尾繁三郎は舞鶴の近くの出身。灘尾弘吉は広島県能美島の出身である。

 三人の共通点は三人とも官僚出身そして戦後公職追放をうけるところも似ている。
 朴訥で演説べた。
 選挙区ではいずれも奥さんが頑張っている。
 そして、お金に執着が無く金権政治が嫌いなどなど。
 三人の情報は色々な人の述懐図書などを参考にして書き進められているが、灘尾弘吉の文章が一番趣がある。

 「僕にはあの頃いろんな縁談があった。出世したいと思えば、有力者のお嬢さんと結婚すればいいかも知れぬが、僕は両親のことを思った。そういう東京の名門の娘など貰ったなら、両親がつらいだろう、と。それで僕は両親の言うとおりの結婚をしたんだ。」

 敗戦で浪人になって廃墟の広島を通り過ぎ能美島への船に乗ってからの心境について
 「久しぶりに見る瀬戸内の海は美しかった。ぬけるような青空が広がっている。私はもう一度、いや、もう一度、空を見上げた。あの時、どうしてあんなに天気がよかったのであろうか。天気だけ、それだけがよかったのだ。」
 
 小説家かしらと思える記述。

 また劇的な事柄としては、椎名悦三郎が後藤新平が総督として植民地経営をした台湾に特使としていくときの話がある。田中総理が日中国交正常化をやり遂げたといってテレビで何時も流れるあの映像の裏にこんな話があっただなんて。「おぬしも悪よのー。」の世界である。政局政界の話はおもしろいが、なにが正義か悪か、誰が賢者か愚者かわからなくなってくる。
 
 城山三郎のものにしては切れが悪いこともある。創造をたくましゅうして読み物として面白く書くには、あまりにもついこの間のことなので状況が分かりすぎていたり、あるいは関係者が未だ現役でありすぎて筆が鈍っていることもあるだろう。

 それにしても、昨今の戦後生まれの政治家が繰り広げる騒動には吹けば飛ぶような政治信条がふわりふわりといった感がある。
 



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