「軍艦島の思い出」
2010/02/27(Sat)
 椴法華のエイコウさんのブログに釣り大会のことが頻繁に書かれるようになった。なんでも沖では、勝海舟と名乗っての戦いだそうだ。

 私としても何度か釣りをしたことがあるのでそのことを、思い出していてふと、契島で、鈴木さんという人が鱸(スズキ)を釣って皆で大笑いをしたことを思い出した。

 契島はなんとも変わった島だったので検索してみた。
 検索して吃驚した。

 全島が東邦亜鉛株式会社の所有で、同社の契島製練所となっていて、そのためにこの島へは同社の関係者以外は立入禁止となっている。と書かれているではないか。そして他のブログ記事ではどうしても行ってみたくて、桟橋は市営なので、船で桟橋に降り立ったという話もある。
 そして、他に、軍艦島と呼ばれているものに長崎県の端島、石川県の見付島、佐賀県の神集島があるということだ。

 契島へ行ったのは、夫がそこの護岸工事を請け負ったときだった。夫が1人で下見に行くときなどは、私の勤務時間までに帰ってこられるように早朝から助手がてら連れて行ってくれることもある。毛利元就の息子小早川隆景の屋敷跡をもとおって、竹原の港から契島へ渡った。島がまるで軍艦のように見えるので夫が「軍艦に間違えられて爆撃を受けたこともあるんだ」などと島の説明をしてくれた。白く照りかえる桟橋に着くとまず缶ジュースをといった真夏のことだった。
 そして、この島が気に入って私は勤務の休みごと連れて行ってもらってのんびり本を読んでいた。疲れると海や近くの島々を眺めたり、全島を気ままに散歩したりした。従業員の住宅が立ち並んでいるところもあり、小さな小学校と小さな公園のようなグランドもあったが木陰もほとんどないので戸外は工場の音だけで人の気配は無く深閑としていた。島の裏には水道タンクに水を入れる船が本島から水を運んできて横付けされていたり、金塊といったような形の製品をクレーンで他の船に積み込む作業をしているところもあった。
 お昼休みは、夫と下請けの職人さんたちと一緒にお弁当を食べ、それのあとみなで釣りを楽しんだ。亜鉛工場だから釣った魚は食べてはいけないのだそうでみんな海に返した。
 そんな島が東洋一の亜鉛の産出をしているとはそのときは知っていたかどうか、このたび検索して改めて吃驚したしだいだ。

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コメント
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びっくりするではありませんか。いきなり私の名前が登場して。それも沖での戦いの名は勝海舟だなんて、誰か釣り好きが戦いを挑んできたら困ってしまいますよ。今読んでいる榎本武揚のところに、勝が榎本を長崎の彼女宅に連れて行くところがあります。相当な美人と榎本も驚いています。来週の釣り大会には、船を岬の入り江につけて、そこで七輪を持っていき、釣った魚や貝類を採取して、海賊パーティーをやろうという計画があります。残念ながらそこには美人がいないのが、本物の勝海舟とはちがうようです。
2010/02/27 15:14  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 そんな時は、氷上のキム・ヨナの舞姿を思い浮かべてお召し上がりくださいませ。
 女子フィギア競技の日は休みだったので手に汗握って真央ちゃんを応援しましたが、金メダルに輝いたキム・ヨナの喜びの姿を見ていると、休戦中とはいえ戦時中の韓国の人々にこんな嬉しいニュースがあっても良いのではないかとなんだか涙が出てしまいました。北朝鮮の人も知れば同胞の金メダルに胸を詰まらせたに違いありません。きっとそうでしょ?
2010/02/27 19:31  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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私も同じ思いで涙を流しました。オリンピックは平和の祭典ですよね。
2010/02/28 17:12  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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