『「隠れ家」のすすめ』
2007/10/10(Wed)
   神一行の『「隠れ家」のすすめ』を読む

 著者名も読めない本を借りた.
「じん いっこう」と読むのだそうだ。

 完全な隠遁生活ではなく半隠遁生活をしている著作者。
 時代に即応してあるいは自分の趣向からどうして半隠遁生活を始めた のか。
 どのようにして半隠遁生活を楽しめばいいのか。
 半隠遁生活をするについての掟。
 やってみたら案外夫婦の間もお互いうまくいくようになった、といったことについて語っている書である。

 私流にまとめる

1 「隠れ家」を作るにあたっての資金については、まず、結婚して一定の生活費を家庭に入れたら自分の給料は自分で管理する。

 これは、一計であるかと思える。
 我が家などは全部渡されるので(全部といってもわずかだが)いつもお互いがイライラしている。
 自分が仕事で何か、それが衣装であろうと、車であろうと、遊びであろうと勉強であろうと、投資しようと考えたら自分で責任を持って考えてやればいいのだ。
 だいたい全部渡すのは自立していないからだ。ふん。

2 どのように半隠遁生活を楽しめばよいのか。

 これはちょっと教養とかセンス、彼の言葉で言えば”美学を求める生活””哲学”とかが必要になってくる。
 「隠れ家」にはテレビは置かないといっている。
 本文の重要なところはここの「楽しみ方」といったところ。
 世の古今東西の著名人の隠遁生活の例を引いて本来の人間性を取り戻せる作用を力説している。
 良寛、ソロー、橘曙覧、陶淵明、白居易、ホイジンガ、吉田兼好などがそれである。
 特に良寛は理想の人だといっている。
 良寛については私も訳も分からず好きなので賛成である。
 良寛は子供好きの乞食坊主かと思っていたが、彼の情報によるとなかなかのお方で、神か仏かいえいえ野の百合かと思えるのである。
 良寛の情報は嬉しい。

 橘曙覧のエピソードも気に入ったので抜粋する。
 松平春嶽に仕官の要請を受けた時の心境を詠んだ歌

    花めきてしばし見ゆるもすずな園
        田ぶせの庵にさけばなりけり

 それに対する春嶽の返歌

    すずな園田ぶせの庵にさく花を
        しいてはおらじさもおらばあれ

3 半隠遁生活の掟。

 「隠れ家」に女性は出入りさせない。
 近くにコンビニエンスストアーがある。
 家から適当な距離にある。
 友達とお酒を飲んで騒ぐといったことをしない、など。

 実は私も「隠れ家」に出来る物件を所有しているという人は多いのではないかと思う。
 しかし時間とお金が無いためにその物件があることがストレスになっているのではないかと愚考する。
 
 「三升のお米と一束の薪があればそれでいい」という時代ではないようだ。

 作者が羨ましい限りだ。
 2万冊の蔵書があるというのも羨ましい。
 
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