『神霊の国日本』
2010/05/05(Wed)
 井沢元彦 著 『神霊の国日本』 を読む。
 
 昨日、鳩山総理大臣が沖縄を訪れた。
 彼は、選挙で政権を執る前、野党議員として沖縄に行き基地の移設を沖縄県民とともに叫んでいた。しかし、その考えは甘かったと言うことですかと記者団に聞かれて甘かったと言われればそういえるかもしれないと述べた。
 総理大臣になると、考えられないほど大量の情報が刻々と入ってくるというのはよく聞く話である。
 彼が総理大臣になって、沖縄から基地を移設するという表明をしたとたんに、世界中の軍備事情が日本にとって大変危うい状況に急速に動き始めたことの情報に接し固まったのではないかと想像してしまうのは私だけだろうか。
 新政権を応援している私としては、そこのところを何とか切り抜けてほしいと思ったり、沖縄県民また、米軍基地のあるところに住んでおられる方々の生活環境を考え激怒の情におそわれたり複雑極まりない目でテレビを見守っている。

 そんなときに、この本に出会ったのである。

 この書では、元寇の時神風が吹いたから勝ったとか、第二次世界大戦のとき軍事力で到底太刀打ちできないことがわかっていて神風が吹くといっていたことは、日米安全保障条約や自衛隊があるから平和が保たれているのに、平和憲法があるから平和があるのだと言っているのと同じことだと言うのである。

 日本人のそういった考え方がどうして抜けないのかといったことを日本の歴史を通してみていく。

 絶対的な神を持ったキリスト教、あるいはイスラム教。
神は人間をちりから創りその人間はみんな同じ人間として神はあつかう。平等をうたった憲法があろうがなかろうがそれ以前に人は神の子として皆平等だというイデオロギィーをもっている。
 
 そういった自分たちを創ってくださった神を信じない無神論者の共産主義者は悪魔だと言うのである。

 そして、日本のように英雄が神に祭り上げられてそれを拝するという、無神論者でもなく民主主義だけを標榜する日本人はまことエコノミックアニマルであるといわれても仕方がないというのである。

 基地がなくても、アメリカなしでも日本は平和を保ってやってゆけるのだと言われれば、そうなんですかと思い、日米安保条約と自衛隊があるから平和が保てるのだと言われればソウなんですかとしか思いようのない私にとって、鳩山総理大臣のこの変わり身は如何解釈したら良いのだろうか。


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