『最後の授業』アルザスの一少年の手記
2010/05/13(Thu)
 ドーデー著 宮崎嶺雄訳 『最後の授業』アルザスの一少年の手記 を読む。

 勉強があまり得意でもなく熱心でもなかったフランツが、予習もしないで遅刻しながらおそるおそる教室にはいってみるといつもとは違う教室の雰囲気やアルメ先生のようすにとまどう。
 プロシアに占領されて明日からはフランス語での授業は出来なくなるのでこれがフランス語でのそしてアルメ先生の最後の授業であることがわかる。
 分詞の規則の暗証を当てられたフランツにむかってのアルメ先生の言葉「フランツ、私は君をしかるのを止めておきます。君は自分で充分思い知ったはずだ。・・・・『なあに、時間はいくらでもあるさ。明日覚えることにしよう。』その挙句がどうなったか、君にもわかっているでしょう。・・・・じっさい、いつも自分たちの勉強を明日にのばしていたということが、私たちこのアルザスの大きな不幸だったのです。・・・・」と、授業に自分も子どもたちもお父さんもお母さんも熱心でなかったことへの悔いについて語る。
 しかし、「私たちは、おたがいにあくまでフランス語を守りとおして、けっして忘れないようにしなければならない。それはある民族が奴隷の境遇に落ちたときにも、自分たちの国語をしっかり持ち続けているかぎりは、つまり自分たちを牢獄から救いだす鍵を握っているようなものだ。・・・・」と授業を再開する。そのひの授業は大変わかりやすいように先生が授業をしてくれ、フランツも熱心に授業を受けたので授業がびっくりするほどよくわかるのだ。

 この『最後の授業』は、30年くらいまえわが子に買い与えた文学全集ではじめて読んだ。このたび手にした文学全集はそれよりさらにひと世代前の古いものであったがおおいに感動した。私も子どもに買い与えた全集をそのほかの本とともに親戚に譲ってしまい大いに娘にしかられた。今になって自分の本を処分してでも子どもたちの本はのこしておけばよかったと深く反省している。

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コメント
- 最後の授業 -
初めてお邪魔させていただきます。
凄い読書量でいらっしゃいますね。
この最後の授業、私にも覚えがありますので、挿絵を描いていたものを私の方に載せます。この機会がありましたことを嬉しく思っています。
2010/06/16 13:28  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
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