『昔話にはウラがある』
2010/05/21(Fri)
 ひろさちや 著 『昔話にはウラがある』 を読む。

 山姥にこよなくあこがれているとはいえ、あかねさんは淑女である。
 久しぶりにひろさちやに向かおうとする敬虔なブッディストでもある。

 読み始めて「およよよよ・・・」。
 淑女が目にするような読み物ではございません。しかしこれからずいぶん長生きしたとしてもめったやたらとこのような読み物に出会うものではありません。「およよおよよ」といいながらこの国のいや、広く世界の昔話のウラのお話を読み終えました。
 ひろさちやさんが、昔話の理論的に不自然な部分を解明しようとすればするほど「およよおよよ」になっていきます。
「およよおよよ」といいながら、これから、昔話は生態学的に読まなければならないということを学習しました。

 それにしても、ひろさちやさんこんなこともお書きになるんですね。『毎日小学生新聞』に子どもたち向けにわかりやすく仏教をひもといていたわかりやすさは素朴な「なんで、どうして」を極める姿勢にあったのですね。

スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(2) | TB(0) | ▲ top
<<『頼山陽にピアス』 | メイン | 『告白』>>
コメント
-  -
「およよよよよよ」・・・敬虔なブッディストも、相当戸惑っているようですね。私の妻もお寺参りの台所の手伝いに行きますと「およよよよ」していました。普段清純なおばさんがたが、「およよ」の極め付けの話をするそうです。死者を祭る場所は、生の話がつきものなのでしょう。縄文の梅原大先生も、それと似たような考えを持っているのかもしれません。私の知人の縄文博士?は、縄文は蛇だといい、やはり「およよ話し」が多いようです。まあ!よくわかりませんが?
2010/05/22 12:01  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
-  -
 なぜか子どもの頃から「およよ」の会話にであったことがほとんどありません。女性にとって、奥さんの出会われるような場面に立ち会うのが人生の味わいでもあると思うのですが。いや、なかなか得がたい環境です。
 「死者を祭る場所だから生の話」そうに違いありません。お経の行間にも生臭さしかありませんものね。いやいや今日は深いいお話になりましたね。合掌
2010/05/22 18:03  | URL | 深山あかね」 #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/329-572e7e1b

| メイン |