『〈聖徳太子〉の誕生』
2007/10/16(Tue)
大山誠一の『〈聖徳太子〉の誕生』を途中まで読む

これは聖徳太子は実存しなかったということを説明した書である。

聖徳太子がいたという大前提で日本の歴史書は展開している。
私達もまず聖徳太子ありき、ということで色々の歴史的事象を了解している。
しかし、この書では厩戸王は存在したが聖徳太子は居なかったと言う。
そんなことは、「聞きとうない、聞きとうない。」の世界だ。
怖いもの見たさの欲求から読み進める。

作者は厩戸王と聖徳太子を切り離して考えている。

聖徳太子に関する文献が出てくるのは、聖徳太子が死んでから100年も後のことである。
一つには、だから、真実性が極めて薄いという人がいても問題は無い。
捏造されていても仕方が無い。
なぜ、捏造されたのか。
捏造したのは、中国の思宅であり日本の淡海三船だという。
思宅の『大唐伝戒師僧名記大和上鑑真伝』を著し、そしてそれを元にして淡海三船が『大和上東征伝』を著しその中で捏造しているという。
中国の高僧の恵思禅師が日本の聖徳太子に生まれ変わりその聖徳太子が予言した200年後の仏教興隆のために、鑑真が日本に向かうことを決意した。というふうに捏造した。
何のために捏造したのか。
聖武天皇以下日本の朝廷は鑑真の来日を最大限に歓迎したが当時の日本仏教界の中には反発する人も居た。
鑑真の弟子や知人が鑑真を擁護するために捏造したというのだ。

また、712年の『古事記』ではできなかった厩戸王の神格化が、なぜ『日本書紀』ではできたのかということでこの間の8年にも着目している。

とりあえずこの書は難しい。
理解するために手持ちの『人物探訪日本の歴史』で年表や系譜図などを見ているうちにその方が面白くなったりして全然進まない。

「やーめた」といったところだがいま「万葉集の教室」で教わっている持統天皇とその前後の歴史が詳しく説明してあるのでその辺の事情についてはかなりよく分かったのでここらあたりで少し感謝して本を閉じる。
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