『空気と戦争』
2010/09/04(Sat)
猪瀬直樹著 『空気と戦争』を読んだ。

猪瀬直樹が2006年に東京工業大学に呼ばれて「日本の近代」と銘打って4ヶ月間講義したものがまとめられている。

まず、戦後、左翼の大学教授によって植え付けられたでたらめな歴史認識のプロパガンダで洗脳された学生たちに、彼は日本の政治機構は戦前戦後を通して変わっていないということを「日本の近代」、とくに、第二次世界大戦突入時の日本のおかれた状況と政治機構を語り、現在の霞ヶ関の実態を語ることで立証しようとしている。

「第一章 東条英機に怒鳴られた26歳の高橋中尉」
 高橋中尉とは戦前から人造石油の研究をした人で、石油が日本へのABCD包囲陣によって禁輸されたために軍の人造石油部門を担当した人のことでその人の手記を知ったことで猪瀬氏がどうして負けるとわかっている戦争をしたのだろうとの思いについて研究をしたことについて語る。

「第二章 30代の模擬内閣のシュミレーション」
 と題して『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年の夏の敗戦』という猪瀬直樹氏自身の著作をもとに、昭和16年4月1日近衛内閣が首相官邸近くに総力戦研究所をつくり(研究生は模擬内閣を構成した)ありとあらゆる官庁の30代の俊才、軍人、マスコミ、学者、36名が集められ、もし日米が戦えばどのような結果になるか自由に研究せよというテーマが与えられ、8月に結果だ出た。緒戦は勝つであろうがやがて、国力、物量の差が明らかになって、最終的にはソビエトの参戦という形でこの戦争は必ず負けるということが8月27日に、近衛内閣、閣僚の前で発表される。
 しかし、東条英機のそんなことは机上の空論だ日露戦争だって勝算があって始めたわけじゃないの一括に戦争への空気が流れていったというのである。

「第三章 数字が勝手に動き出す」、陸軍の支那駐兵が従来どおりの強硬な態度をとりつづけるなら日米交渉は決裂する。この間の御前会議や閣僚の会議などのやりとりなかでの解説では、著者が微妙に天皇を中心とした皇族や東條英機の弁護をしているように思えるのが印象的であった。
 数字というのは
  陸軍の手持ち貯油量120万トン。
  商工省燃料局の貯油量70万トン
  海軍の貯油量は650万トン
国産石油の取得見込み量が1年目25万トン
             2年目20万トン
             3年目30万トン
人造石油の取得見込み量が1年目30万トン
             2年目40万トン
             3年目50万トン
インドネシアの油田の期待産油量1年目30万トン
                2年目100万トン
                3年目250万トン
これにたいして石油の消費予想量
  開戦1年目陸軍100万トン
       海軍280万トン
       民需140万トン
           ・
           ・
このような試算が御前会議で鈴木総裁によって発表される。
 模擬内閣で「日米戦必敗」と結論付けた、懸念のシーレーンの試算など
は皆無だった。
 じっさいタンカーはつぎつぎアメリカ潜水艦の餌食になりやむなく昭和19年「松根油」の研究にとりかかり「のべ4000万人の国民が松の根っこ掘りにかりだされた。

 こういった数字の一人歩きは戦前のみならず戦後も官僚などによっておこなわれているということを、生き残っていた当の鈴木総裁の言をかりて述べている。

「第4章 霞ヶ関との戦い」
 著者の猪瀬直樹が、小泉首相の下で道路公団民営化を推し進めていく中で「数字をごまかすと国が滅ぶ」と数字を一人歩きさせないために戦った記録を上げている。

 私のおぼつかない知識ではこれほどの取材をして書かれたものに一言をいうことはできないが、だから軍備を確実にした方がいいといわんばかりの論理には引いてしまう。
  



スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『天皇の戦争責任・再考』 | メイン | 『加冶隆介の議』他>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/361-17f6be8b

| メイン |