『特攻隊と憲法9条』
2010/09/13(Mon)
田 英夫著 『特攻隊と憲法9条』を読んだ。

 噛んで含めるような文章なので、読むほうも自然ゆっくりとなり丁寧に読む。

 特攻隊とは、ご自分がその2ヶ月前まで東大に受かった喜びで胸を膨らませていて、考えてもいなかった19年の秋の学徒出陣のから海軍入団、そして特攻隊でのことが丁寧に終戦まで描かれている。
 田さんは200人の特攻隊部隊を率いていて、其の中の50人が死んでいく役割で、後はそうではないエンジンの整備をしたり防空壕を掘ったり、食料を調達したりする人で、部隊の雰囲気は独特で妙なものになっていたという。
 ここで、隊の実務を任されていた田さんは、
 
≪どうせ死ぬんだから、だれと一緒に死にたいか、きっと希望があるだろうと思い、
 「おまえたち、紙を配るからそれに一緒に死ぬ相手の名前を書いておれのところに持ってこい。その。とおりになるかどうかわからない参考にさせてくれ」と言ってやりました。
 そうしたら、驚くべきことに、AはBと書き、BはAと書く。CはDと書き、DはCと書くという格好で、すぱっと一回で相手が決まり、私が手を加える必要はまったくなかったのです。・・・・・・・・もう心の中に、じいーっと死の覚悟を秘めているという、おたがいがまな板の上の鯉の心境でした。≫

 省略した・・・・の部分も省略できるような記述ではないが、特攻隊員の出撃前の様子が伝わってき、そして・・・・の部分が後述の彼の靖国問題への思いに繋がっていく。

 田さんたちは結局次は米軍が鹿児島へ上陸するというとき宮崎にいて終戦を迎えるのですが、郷里に帰る途中で見た広島の様子に戦争の形態がまったく変わっていった世の中を知り、そして従兄弟で著名な物理学者の渡辺慧をニューヨークにたづね夜を徹してはなし、憲法9条の深い意味に気づくのです。

 彼は、自分が戦争の前後を思い返してみて、戦争が周到に準備されていたことを強く感じています。
 そして、いままた周到に準備されていることを、いろんな法の改正を解説しながら、やはり自分の報道陣としてまた政治家として生きてきた経験をもとに熱心に語りかけています。

 そして最後に、靖国神社問題と恒久平和への決意を語っています。
 靖国神社がもともとは戊辰戦争の官軍戦死者をまつった招魂社で明治十二年に明治天皇が靖国神社と命名されたいきさつが述べられ、国家が掲げる宗教国家神道が確立してゆき、靖国神社に祭られることが名誉なことであると言うことが打ち出されてゆく姿。
 しかし、実際特攻隊員として死を覚悟した人々の思いにもふれ、また実際には、第二次世界大戦では兵隊ばかりではなく多くの一般市民が巻き込まれて死んでゆく。それらの霊は・・・・との問いかけになる。

 図書館に行くときはいつも他の用事で行っているのであわてて本を選んでしまう。
 たまたま昭和の戦争をテーマにした本ばかりがまとめられた本箱から5冊借りてきてあと『731部隊』という本を残してやっと4冊を読んだ。その間、昭和天皇・天皇制について心を留めることがおおかった。
 戦後、昭和天皇はキリスト教に改宗したかったときもあったようだ。(この書の記述ではないが)
 そんなことも含めて夫にこのテーマを問いかけてみると、昭和天皇は天皇制を廃止したかったと思うと言う。なぜかというと天皇制を利用しようとしている人たちによって国を誤らせることがあることをよく知っておられるからだという。
 とりあえず天皇家はたいへんだ。
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コメント
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昨日までに国のために潔く死んでやろうと思っていた人が、今日、終戦になり命が助かった。やはり生きていたほうがよかったと誰しもが思う。勇敢に戦って戦死したものはただの犬死である。でも犬死じゃ困る。靖国に英霊として祭られなければ。戦って死ぬと犬死なので、それを美化しなければならない。死んで美化されるより、生きていたほうがいいですね。私にとって靖国神社は、二度と戦争はしないという、戦死者たちのお願いの神社だと思っています。
2010/09/17 14:33  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 紹介したように一緒に死ぬる人を決めていたというはなしですが、私もたとえば今の職場で一緒に死ぬならなどと考えました。しかし、不思議です。一緒に死にたいと思う人と一緒に生きてゆきたいと思う人とは違うのです。それでは心中するのに選ぶ人はどんなだろう。と考えましたがこれは思いつきませんし心中するような心境になったことがないのがいやはや残念です。
 本屋から昨日とどいたと連絡があったおすすめの『靖国問題』を買いに行って、早速読んでいます。
 石橋湛山ってほんとに偉い人だったんですね。まことのKKだったのですね。
 著者のいうとおりいつ靖国神社も国立追悼施設も政治がその意味付けを担っていると言うのが真実でしょう
ね。
2010/09/17 23:17  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
- メール返信に代えて -
この場をお借りします。私方へのコメントありがとうございました。非公開では惜しいような内容でした。ところで、この10日間ほどは、深山あかねさん(本名は別でしょうか)からメールを頂いた記録がありません。誤って削除された可能性が皆無ではありませんが、このコメントに添付のアドレスで、再送信してみて頂きたく、よろしくお願いいたします。
2010/09/25 22:40  | URL | 志村建世 #-[ 編集]
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