『少国民たちの戦争』
2010/10/02(Sat)
 志村建世著 『少国民たちの戦争』を読む。

 ブログでおなじみの志村さんが著者だ。
 親しく読ませていただけることがなんとも嬉しい。
 「まえがき」もふくめて一話がちょうど2ページになっていてちゃんと最後の行で終わるという技が志村さんらしい。
 文の終わり方が「戦争」という重い文字が題名にあるにしてはそれこそ小気味いい。そのせいか一挙に読めた。
 そんな編集が、志村さんのこども時代では日常の生活は重苦しい戦時中でもそんなに急に変わらなかったといわれていることが文のリズムで感じることができる。
 「はじめに」で

 ≪太平洋戦争は私が国民学校(小学校)2年生だった12月に始まり、6年生だった8月に終わった。私の受けた初等教育は戦争とともにあったと言ってよい。当時の教育によれば、日本は正義の戦いをしているのであり、少国民と呼ばれた私たちの勉強も体育も、すべては国家に身命を捧げて戦うための修練なのだった。≫

 と書かれており、本書は、小学校卒業後、終戦から武蔵高校尋常科3年(中学3年)まで、そしてそれは昭和24年の正月明けまでの記録となっている。私が生まれたのが24年の3月なので、ちょうど生まれる直前のところで終わっていることになる。
 ときどき、日記の内容が大本営の下請けのような内容になっていて暮らしぶりの記述がないことについて残念だとの感想があるが、まさかその日記がのちに日本図書館協会選定図書に指定されるほどの書籍の資料になるとは思いもよらなかったと思う。しかし逆にその日記の記述こそ当時の志村さんの特徴をよく表していると思う。
 東京で文化的な雰囲気の家庭に育てられている志村さんなればこそと言った感じがする。なにしろ『児童年鑑』というオールマイティーな児童書の出版元で育てられたなんて私たちから見ると夢のような話だ。私などは昭和43年に広島市内の建設会館に高卒で就職しタイピストだったのが幸いして印刷室にある『朝日年鑑』を初めて手にできた。エンサイドクロペディアブリタニカ(?)を始めてみたのもこの頃だった。いろいろあったとはいえ『児童年鑑』を出版しようと思いつかれたり、志村さんに日記を書くことを義務付けられたりしたお父様には頭が下がる。
 静岡へ、お父さんの実家に行かれたり、他の叔父さんの家に行かれたりして、帝都以外の田舎の様子が描かれて古語が残っているところなどでは、私たちの育ったところも地形が少し開けてはいるがそんな感じだったのかなと思う。(他の叔父さんのところで孫娘が寄宿しておられたのが後の奥様になられるかただと知っていたのでその感想があるかなと思ったがすこし残念だった。)
 19年の暮れまでは戦前だったという表現があった。近年昭和史を読んでいると日常生活では、帝都なる東京でもそんな感じだったととくに山本夏彦や猪瀬直樹などがその実感を強調しているのを読んだ。

 戦時中を青年期以降で過ごした人の記憶をたどった書籍は多いが少年時代をどんな気持ちですごしたかについての日記をたどっての詳細な記録はほとんどないように思う。
 その意味では志村さんのこの本は大変貴重な書といえるとおもう。
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コメント
- ご紹介ありがとうございます -
「少国民たちの戦争」のご紹介を、ありがとうございました。「あの時代」を日記で思い出しながら記録したのですが、初めてブログに連載という形で書いてみた原稿でした。この形式が、書きやすかったのです。まだ一次資料のようなもので、本当に大事な部分が書けていないような気がしています。
 明日、出身の滝野川小学校で全校集会があるそうで、4名の「先輩」の一人として行ってきます。「だから日本は戦争をしない国になった」ことを、しっかり教えておきたいと思います。
2010/10/26 14:22  | URL | 志村建世 #-[ 編集]
-  -
 子どもたちが、自分たちは何を学ぶべきかを、志村さんのお話を聞いて考えてくれることを期待します。
 身体に気をつけられて、まだまだたくさんの著述ができることを祈っています。
 いまは、志村さんの著者名入りの百人一首を一日に5・6首読んでいます。改めて百人一首の楽しさを味わっています。
2010/10/27 00:25  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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