『こころの回廊』 Ⅶ
2010/10/17(Sun)
『こころの回廊』を読んでいたら Ⅶ

 きのう、仕事で児童館の子どもたちを連れて、近くの福祉センターの「なんとかボランティアフェスティバル」へ行った。1階での開会のカウントダウンのイベントに子どもたちをメインにしたいのでとの申し入れがあったので早くから行く。開会の後、5階でいろんな体験を3つ以上しましょうと皆であがってみると、点字を書く、高齢者になってみる、目の見えない人になってみる、何かのきっかけで耳が聞こえなくなった人と筆談をするなどいろんな体験コーナーがある。子どもたちはそれぞれのコーナーでの体験に夢中だ。私も高齢者になる体験を進められ「いやいやもう充分に高齢者ですよ。今朝も針に糸を通すのに穴が見えなくて見えないけどあるんだよなんて金子みすゞみたいな事を言っているんですよ」などといいながら装具をつけられる。そんなこんなをしているとボランティアの人から名前を呼ばれた。にわかに呼ぶ人の名前が思い出せなくて困った。
 なんとこの『こころの回廊』の著者の渡辺郁夫氏は、広島の私立の中学・高校の国語の教師をしている人だが、呼んで下さった方は同じ高校で国語の教師をしておられたA先生の奥さんなのだった。私は感激のあまり手を握り締めて改めてひさびさの挨拶をさせていただく。そうこうして「渡辺先生ご存知でしょう。先生の本を3冊買っていまそれを読んでいるんですよ。」「ええ、主人の教え子ですよ。中国新聞などへ連載していたものを本にされたのですか?彼と主人は中国の北京などへも一緒に旅行したんですよ。」などと話してくださる。こんなときこんな出会いがあるなんて奇跡だ。
 わたしはこの本を読むようになって、ブログを読ませていただいている川口エイコウさんのことをよく思い出した。彼の文章を読んでいると、彼の考え方には奥さんにもよく注意されると言っておられるがなんでも自分の都合のいいように解釈されていると思うことが多々あった。しかし、それが実は大変いいことだと思うようになった。それが悟っているということなのだ。そのことを浄土教に沿って説明するのは他日にゆずるが、彼流にいうなら今日は彼女に出会えて弥陀の本願にあずかれたと確信する。
 「そうそう、思い出した。B先生ご存知でしょう。私B先生から聞いたことがあるんですよ。A先生の奥様は学生の頃、岩佐教授(当時国文学者としては日本で5本の指に入ると言われており著書に『神皇正統記』校注などがある)に大変気に入られていて、彼女が誰を結婚相手に選ぶかみんなの関心の的だったんだって。」「そんなことはありませんよ岩佐先生って山に石って佐渡の佐って書く?。私のチューターでしたがそんな。私ほとんど先生と喋ったこともありませんよ。それにみんなが注目してただなんて。」と強烈に否定される。「いえ。確かにお聞きいたしましたよ」と私も引かない。「そうだとすればそれをきいたら主人が喜びますわ」とおっしゃった。「私、大学でB先生が担任でしたが私が自分の勉強のやり方が野暮ったくて・・・といったらそこがいいんだって言ってくださって救われたんですよ。」というと「研究するにはそれが大事なのよ」とそのことについて話してくださり優しい人なんだなって嬉しくなった。ほんとに今日は弥陀の本願にあずかれたと確信する。
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コメント
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川口エイコウとは、もしかして私のことですか?
私はもちろん自分の都合のいいように考えるタイプです。そこで妻の注意が飛びます。私の言動が強すぎたり行き過ぎたりしているのではないかと、自分で思われるとき、、こんなときはこんな妻の注意が飛ぶに違いないと考えるようにしています。だいたい妻(主婦)の考えは常識的です。妻に叱られないような言動に心がけているつもりですが、妻から言わせると、まったくそうではないといっています。つまりいまだに自分のことがよくわからないのです。自分勝手だといわれればそうだと思います。「一所懸命」は苦手です「一所不在」のほうが性にあっているかもしれません。太宰治のこの言葉が好きです。「相手が自分を好きだと思うから、相手を好きになるのだ」。先日も釣った鮭のメスのお腹には、卵がたくさん入っていました。もちろんイクラにし、丼をいただきましたが?!世の中わからないことばかりです。
2010/10/30 13:06  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 心当たりがあるでしょう。、まったくそのとおりエイコウさんです。
 この『こころの回廊』は薄っぺらい本でして2ぺーじで1記事。それにいちいちかなり大きな挿絵があります。
 このところこれほど感動した本はないと言っていいくらいです。日頃、べつに何か悟りを得たいと思って本を読んでいるのではないのですが、このところこの本だけを読みながら一生を終えてもいいくらいに思えるので、馬鹿みたいに何度も読み返しています。暗唱できるほどに読み込みたいと思ったりします。同じ著者の『歎異抄を歩む』も読んでいます。これは、専門的な言葉が多くわかったつもりで読み進んでいますが、わかってはいないと思います。でもなぜか読まずにいられません。
 どうしてエイコウさんのことを思い出すのでしょうか。著者は何を見聞きしても弥陀の本願に引き付けて考えています。弥陀の本願はそれぞれの人が「自分」が救われると言うことです。エイコウさんが自分に引き付けて考えることが弥陀の本願にかなっているからなのです。世界の中心に自分がいるのです。このことが自覚できないのが私だったのです。
 今日は、エイコウさんがブログのご縁でさらに新しい自分に出会えるかもしれない。その輝かしい光で奥様を照らしてさしあげられるでしょう。私も一念仏者となってエイコウさんのように悟れるようになると思うのですが・・・??。
 ただエイコウさんや、志村さんや、花てぼさんや、みどりさんうたのすけさんなど皆さんいろんなところによく出かけられますが、私は仕事以外はほとんど家にいます。困ったことには「一所ぼんやり」がぬけないのです。
2010/10/30 23:04  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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 エイコウさんへ
 やっぱり舌足らずなことを書いてしまいました。
 この本は1500円もするのに渡辺郁夫で検索すると本の内容とすばらしいカットにも出合えるのです。
 本で読むのとはずいぶん気分が違いますがよかったら読んでみてください。私がエイコウさんを思い出すエッセンスがいたるところにあるのがわかると思います。
2010/10/30 23:22  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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とどほっけ生まれでとどほっけ育ち、現在漁組のトップにいる男性と、最近飲み友達になりました。「一所懸命」と「一所不在」のことを話してあげました。なんだか感慨深げに、また飲み機会を約束して別れました。みどりさんから教えていただいたおかげです。私だってよくわかりませんが、南無阿弥陀仏・十念です。
2010/11/01 11:31  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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司馬遼太郎は、「一所懸命の北条早雲」とも言うでしょう。母親が子を育てるように領国の民に規則正しい生活をして健康を増進させることなどを教え込んだと書き記しているところもあったような気がします。次に「明智光秀」をあげるでしょう。信長が秀吉に「勝ち取った国を与えよう」と言ったのに「いえ国は信長様に差し上げます。その歳の年貢だけをくださいそれを糧に次の国を取って差し上げましょう」などと秀吉は家臣として表面領国経営に興味を示さなかったのに対し、領国を丁寧に治め豊かにしていきたいという考えを持っていた明智光秀には簡単に領国を召し上げてしまい勝ち取ったらその国をやるなどという信長が許せなかったとものべています。
さてさてロシア殿、国後島への、一所懸命が凶と出るか吉と出るか??
漁組の頭には野付崎からケラムイ崎に南無阿弥陀仏のひとすじの白い回廊が見えるかどうか尋ねてみてください。
元住民の方は見えないけれどもあるんだよとの思いでしょうね。
2010/11/03 14:01  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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深山あかね様
 色々な本の感想を読ませて頂いております。
URLだけでコメント欄へ入れるといいのですが、他はよくわからないのです。
メール記号はお許し下さい。
 時々私の方へ来て下さいますので、私も以前から伺いたいと思っておりましたが、
簡単に入れそうになく、いつも読ませて頂くだけでした。

カワグチ エイコウ様との会話に「みどり」まで関係ありそうで、あららっ!とい
う感じです。
 
 此方もかなり寒くなりました。
裏には山が見えるそうですが、山の紅葉は見事なものでしょうね。
時々なまぬるい風景ではない厳しい風土に憧れます。
実際は、すぐに音を上げてしまうのでしょうが・・・
寒さの中、お仕事頑張っておられる様子に頭が下がります。
 
 志村様の主宰なさるブログ連歌で、ご夫君のお名前を拝見し心強
く思いました。
あかね様もいらして下さい。
皆で、息長く楽しく集いましょう。
2010/11/18 17:20  | URL | みどり #-[ 編集]
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コメントありがとうございます。
コメントは志村さん同様承認待ちになるように志村さんに設定していただきました。
すこし自分のブログを開かなかったのでコメント気づかずすみませんでした。気づいたときはとても嬉しかったです。
エイコウさんの「みどり」はよくわかりませんね。「みどり」さんも「あかね」さんもエイコウさんには「夏子」さん「冬子」さんどうようのようですね。(えへへ。すみません若輩者といっしょこたにして)
 由緒ある立派なお寺が山頂にある裏山の展望台まで最近毎日1時間10分くらいかけて近所の奥様方と歩いています。紅葉は木の表から見るよりも内に入って木の下から青空にすかしてみるのがたまらなく美しいと言うことが今年の発見です。小紫式部も発見しました。島倉千代子の ♪あねさの小袖もこむらさき♪?という「こむらさき」ってどんな色かしらと山で話題になっています。
 夫が志村さんの連歌にのせていただいたことすごく喜んでいました。夫は少し前、志村さんとの電話でお声をじかに聞いたことがあってよろこんで投稿したようです。初心者ですが人生そう長くもないので下手ながらも志村さんのところで楽しませていただけたらと思っています。実は私もコメントを書くにも文章が苦手で結構時間がかかるのです。夫婦ともども応援よろしくお願いいたします。
2010/11/22 01:52  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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