「対機説法(たいきせっぽう)」について
2010/11/11(Thu)
「対機説法」を『広辞苑』でひくと1537Pに次のように記されている。

対機 ①説法者の相手、すなわち教えを聞く人②禅家で、師が学人の問いに対すること。【待機説法】相手の機類の利・鈍に相応して理解の行くように法を説くこと。」
  
いま、わたしは浄土教・あるいは浄土真宗にとりくんでいる。
 
 そのとりくみかたは、浄土教・浄土真宗の概念とか、歴史とか、他宗教との比較とか、その文化・美術にふれたいとおもってのことではない。
 わたしにとっての、浄土教・或いは浄土真宗ということについてである。
 法然や親鸞の教えが、ひろくながく脈々と日本人の心をとらえてきたことをおもうと、わたしははずいぶんとおそい出発であった。
 
 どうしてこんなにおそい出発になったのだろうか。

 わたくしに原因があったとすれば、これだけ自分をとりまく天然世界が、浄土真宗のいう「本願」・キリスト教のいう「御摂理」それ以外の何物でもないのにきがつかない、鈍な人間であったし、鈍でいられたからであったともおもう。
 そして、「浄土門・或いは浄土真宗に原因があったとすれば」、ということについての思いである。

 わたしと浄土教・浄土真宗とのであい 

 わたしのおそい出発は、このたび渡辺郁夫著『こころの回廊』にであったことにはじまる。
 そこでわたしが出会ったものが、浄土教・浄土真宗のいう「本願」であった。
 渡辺郁夫氏は中学校・高校の国語の教師でもある。
 成長期の6年間にある子どもに、ひとつのことを教えるのにおなじ説明のやり方で伝わるであろうか。そこでは子どもたちの心身の成長に見合った教え方が要求されるはずである。
 渡辺郁夫氏は、表現を変えられる。一つのことを伝えるのにさまざまに表現を変えられる。
 変化の激しい昭和・平成の人々にあうように、また科学万能と思える時代の人にあうように表現を変えられる。
 そして平和な時代が60年をこえてつづいた日本の人々の心にあうように表現を変えられる。
 これが、仏教にいう「対機説法」に合致する。
 どれかの言葉が、どれかの文脈が、あるいはそれによって紡ぎだされた世界がわたしに「本願」を指し示してくれたのだとおもう。
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コメント
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あかねさんは相当な読書家ですね。今度は浄土宗についてですか。感心します。私には浄土宗の初歩解説書のようなもの一冊しかありません。これでお寺の総代ですから我ながら呆れます。あかねさんのブログで勉強させていただきます。ところであかねさんおすすめの「花てぼ俳句と書」見ましたよ。さすが花てぼさんです。お手本にします。何せ私は、花てぼ教授の門外生?として弟子入りさせていただいていますから!
2010/11/17 11:32  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 自分のブログを開くのをすっかり忘れていました。
 コメントありがとうございます。
 最近、本箱を整理していて、家にあるものだけでも宗教特に仏教の本を結構読んでいたことに気づかされたのですが、このたび渡辺郁夫氏の本との出会いは知識としてではなく、教えとして心に響きました。
 玉宗さんのブログで、ひろさちや氏についての批判がありました。そのことについてずいぶん考えていた矢先でした。私はひろさちや氏の本を盛んに読んでいた時期もありました。それは仏教を哲学するといった体験だったのかもしれません。渡辺郁夫氏の本に出会って、じつは宗教を知識として知ることは非常にナンセンスなことではないのかとはっきり気づかされたのです。
 たとえば戦場で自分になんの害もない人を殺傷することを強いられたとか、不治の病に侵されたとか、不条理な咎を受けたとか、思わぬ栄誉とか大金が手に入ったとかそんな体験があれば案外遠回りをしなかったかもしれません。ですがそんな時だとおろかな私のことですから邪教に出会っていたかもしれません。
人生の収穫期にひとつの新聞記事から夫が購入しこの本と出合えたのは幸せでした。宗教告白といった言葉を西洋文学から遠ざかって忘れていましたが、今私はそれが手元にあるという不思議な体験をしています。今私が心静かに手を合わせると、目の前に浮かぶのはどこかの映像で見た大河の一滴です。自分が大河の一滴になるのです。五木博之が言うところの『大河の一滴』も気が付きませんでしたがこの大河の一滴であると言うことだったのでしょうか。今私は大真面目にこの記事を書いていますが、「えっ!今頃気がついたの」と多くの人に思われるのではないかと恥ずかしい思いもしているのです。エイコウさんはどうですか。
本にばかり心をとらわれないで自分の身の回りを少し感じながら見つめてみようとしている昨今です。
 
 
2010/11/22 00:14  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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