『愛する能力』
2010/12/15(Wed)
 最近『歎異抄』の9章で、真の信仰について考えさせられていたせいか「信仰を持てる人と持てない人の違い」について考えている。それは「人を愛せる人とそうでない人」と似ているのではないかと思えた。
 
 心の中のことなのでよくわからないが、自分は人を愛すると言う感覚が今ひとつわからない。
 瀬戸内寂聴など作家などにも身も世も捨てて男性に走る人がいるが、そんな人が愛するという心境がどんなものなのかと思っているとき図書館でこの瀬戸内寂聴の『愛する能力』と言う本を見つけた。彼女の本は最近読まないことにしていたがいきさつ上、題名に引かれ借りてしまった。
 さらさらと読み始めると、簡単なエッセイ集である。彼女はどこかで、「どのように書けば文章が売れるかツボどころがわかっているのでもうそんな作家は止めようと思って髪を切った」と言っていた。売れるかもしれないがあまり魅力は感じない文章が続く。
 その中の一つに「愛する能力」と言う一文がある。
 艶っぽい話のなかで、その能力を垣間見たかったのだが、話は阪神タイガーズが優勝したときの星野監督についてだった。
 ≪「選手たちを信用していく」という言葉を、星野さんは何度も繰り返した。愛する能力とは相手を信用する能力である。≫
 ちょっと私の課題に対して物足りない気もするが、やっぱり信と愛は同じだと彼女も思っているのだから、ここではこれでいいことにしよう。
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