「秦氏の土木技術」
2011/03/15(Tue)
 『司馬遼太郎講演集』Ⅲより
 
 奈良時代以前から、朝鮮半島から日本に移民してきた人々の中には中国人だと名乗る人がおおいいという。
 これは、文明的に中国圏内にあったということで秦氏も秦の始皇帝の子孫であるなどと名乗っている。
 四川省が秦の領土になったのは始皇帝のかなり前の時代からで、紀元前2世紀のころ秦は蜀の地に大きなダムを作る。都江堰(とこうえん)と呼ばれるダムで本流の横にあらかじめ空堀を掘っておき、中洲を作っておいた急流である本流から分流させるという方法で枝流を作り、いまも50万ヘクタールの農地を潤しているという。
 このダムについてケンブリッジ大学の教授によって書かれた『中国の科学と文明』という本の図面と解説を読んで、司馬遼太郎はこのダムを見学に行ったという。このダムのを展望できるつり橋からの眺めが、京都の嵐山に似ているという。嵐山には、渡月橋がかかっていて下には保津川の急流が流れている。中州があって一部が嵯峨野の方に細々と流れている様子が都江堰(とこうえん)の眺めと似ているという。
 これら、古代の山城国を開いたのが秦氏である。
 その潜在的な王様のような人、秦河勝。この人については聖徳太子のパトロンとして歴史に名をはせるので、それによって、秦氏の技術力を基盤にした巨大な経済力が明らかになるのである。

 この「秦氏の土木技術」という講演は、播州、姫路において開催された公演で、この播州も秦氏によって開かれた地であることを知っていただきたいということであった。

 東北での大地震と津波による被害で、これから土木作業が始まる。
 日本は建築土木立国とも言われる。高度の技術力によって復興の槌音が響いてくることになるだろう。災害地の人々に復興した大地での恙無い生活が一日も早くできるよう願ってやまない。
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コメント
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久しぶりの秦河勝がでてきましたね。土木技術に長けていたというのは初耳です。中国のダムが、嵐山・嵯峨野に似ているというのは、郷愁を感じさせますね。
災害復興に槌音が響くことを期待しています。今度の被災地に大槌という地名があったと思います。その昔の災害の復旧を想起させられるような地名と、思っていました。大船谷という異名もありましたが、ここも昔大津波で、谷の奥まで大きな船が上がったということから付けられた地名だそうです。みどりさんのご主人、技術屋さんのようですが、河勝さんの子孫ではありませんか?それでみどりさんは、河勝つさんのフアンだというのではないでしょうね?
2011/03/19 17:34  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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みどりさんが出てきたので「えっ」と思いましたが、まあどちらでも良いでしょう。
 私の勝手な想像です。
 わたしが大好きになったころの河勝へのイメージは、池田理代子の漫画です。彼女の漫画に新羅に「花郎」と称される若い男性が美しく描かれています。彼らは学問、精神面、容姿、歌舞音曲、あらゆる面においてすぐれ人々から大切にされ慕われていました。
 国宝第一号になった広隆寺の半跏思惟像はどうしてあんなに美しいのでしょうか。高校生のときから持っている半跏思惟像のA5版の写真。いつみても惚れ惚れします。世界中の宗教美術などを見知っているカール・ヤスパースは、世界一美しいといっています。思うにモデルは「花郎」です。百済にもそういった人がいそうです。百済観音のモデルです。私の頭の中では、なぜかそれが秦河勝と勝手につながっているのです。太秦に東映があり映画村があるというのもなぜか因縁を感じるのです。要するに理想的な男性の象徴が秦河勝になりました。
 このたびの話では、読み終えて意外なことを考えました。以前、聖徳太子を殺したのは秦河勝である。ということをテーマにしたとんでもない本を読んだことがありました。案外そうなのかもしれないと思ったことです。秦河勝は聖徳太子を支援することを通して日本に律令制を作らせ仏教を広めさせることによって最高権力者らしきものを作りました。やはり以前。完璧に京都の町は秦氏の方位学によってさまざまな寺社が作られているということを立証するための新書本を読んだことがあります。聖徳太子亡き後、その後の政権が寺院の権力を嫌って、その山城国に都を移すのですが、秦氏の支援がなくて山城国に移せるでしょうか。などなどといろいろ考えるのです。
2011/03/19 20:40  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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震災で混乱してしまいました!
あかねさんとみどりさん。同じ三つのひらがななので、いつかまちがうと思っていたのですが、大変失礼しました。東電ならびに政府同様、私も大きな間違いです。深くお詫びいたします。でも河勝さんの話になると、あかねさんは、昔の恋人を語るような生き生きした感じがしますが?
2011/03/20 16:23  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 近くの県立高校の卒業式で校長先生が、司馬遼太郎の語る蘭学について話されたそうですが、卒業生も保護者もほとんど眠っていたそうです。世間がそんな感じですから、私の拙い司馬遼太郎の話を読むのもエイコウさんと夫くらいです。司馬遼太郎は、秦河勝のころのことはもちろん資料は読み込んでいますが、ほかの時代と比べると、想像の余地を十分与えています。エイコウさんほどの詩人なら山城から飛鳥までの道のりを、「大和は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる大和しうるわし」などと小説でもかけるですのにね。
2011/03/20 22:26  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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