『追憶 悠久のはらからよ』
2011/06/04(Sat)
 加川イツ子著 『追憶 悠久のはらからよ』 を読む。

 著者の加川イツ子さんは、昨年80歳になるのを機に、自分の子どもや孫たちに、第二次世界大戦で若くして亡くなった兄と弟のことを知ってもらいたいと思って書き記しましたとこの冊子を貸して下さった。
 20歳のお兄さんは、1937年7月7日、20歳で召集された。広島の歩兵11聯隊の兵舎に48歳の母と8歳の自分とで会いに行ったとき、よく来たねと抱いてくれ、これから「中国」に行くと言い、9月には戦死の公報がとどいたとのこと。
 そして、12歳の弟さんは、1945年8月6日、12歳で県立工業(今の皆実高校)の生徒として建物疎開作業に動員されていてほぼ爆心地にて被爆死された。
 
 加川さんは短歌を詠まれていて、中国新聞にもいつも投稿掲載されていた方で、三滝寺の参道にも真樹の歌碑があり、
 「学童の一群れここに焼くという四方より小さき骨を拾いぬ」
 という、加川さんの歌も刻まれているという。

 最近古文書にはまっている夫が、まずは私に「なんて読む?」と聞くが私もわからないことが多い。若いころ知り合った古文書解読の会の知り合いに教えていただこうと、たずねていたらもうほとんどそのころのメンバーの方は亡くなられているとのこと。それではと、いま一番読める人を紹介してくださった。なんとその方が近所の方で、最近「いきいきサロン」で顔見知りになっていた加川さんだと聞いて驚くやらうれしいやらで、何かと一人暮らしでおられるのをいいことに解読に付き合っていただいている。

 12日、九州熊本から昨年尋ねた夫のお友達が来広される。そのとき三滝寺を案内することになっている。加川さんの歌が刻まれている歌碑に会えるかもしれない。
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コメント
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体験した人でないと書けない歌ですね。何の縁でしょう。その人に教えを受ける幸せとは。
2011/06/10 13:59  | URL | ぐ #-[ 編集]
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 ぐさん
 ほんとうに何のご縁でしょうかと思います。
何歳になっても知っていることはほんの一握りのことで、教えていただくということのありがたさを痛感しています。
2011/06/10 20:35  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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