『世なおしトークあれこれ』
2011/08/21(Sun)
美輪明宏著 『世なおしトークあれこれ』 を読む。

 スポーツニッポン新聞で、2005年11月から2006年12月まで58回にわたり連載されたものを書籍化したという。

 意外な感じがした。
 もっと軽いタッチのもので夏休み少し優雅な読書でもと選んだはずなのに。
スポーツニッポン新聞の愛読者は、たくさんの記事の中にこの記事をさらっと読むぶんには清涼剤になるかもしれないが、こうしてまとめられるとしっかり著者の主張が浮き彫りにされる。

 たとえば「刑の重さについて」では刑が軽すぎて抑止力にならないことを憂いている。

 ≪今なぜ残忍な犯罪が増え続けているのか、それはやみくもに「死刑反対」を唱えるえせヒューマニスト、えせ弁護士、えせ人権団体のせいなのです。・・・・・・無駄に罪を犯すのはおよしなさいという「抑止力」になっているのです。悪いことをしたのだから、自分の命を差し出しなさいということや、「みせしめ」のためでは決してないのです。≫

 少し前 『少年にわが子を殺された親たち』を読んで、被害者の家族のそれからの人生が必ずや止まってしまう、あるいは家族崩壊を招くこと気づかされたばかりだ。
 身近で、少年による殺害事件が起こったときのことを思い返してみる。死んだ子供はどうしたって生き返らない。犯罪を起こした子どもはそのまま中学校に通学している。検察は少年の犯した犯罪は面倒だからほとんどの事件を闇に葬り不起訴にしてしまう。中学校側は犯罪を犯した少年の人権について重きを置き、さらに事件を見ていたわけではないし、被害者に同情しつつも犯罪を犯した少年の対応に追われる。他の保護者たちは、被害者は気の毒だけれど、自分の子どもが同じような事件を起こさないとも限らないという複雑な心境になり、被害者への思いが止まってしまう。
 
 しかし、著者がこのあたり両方の思いを深く冷静に見つめていて、考えさせられてしまう。私は自分のことをえせヒューマニストとまでは思わないまでも、困難によって強くなれると思うことで被害者の心の闇に目を向けないようにしていた自分が如実になる。

 日々子どもどうしのトラブルの中に身をおいているが、やはりいま、加害者の対応におわれ被害者を見過ごしていることがほとんどだ。
 トラブルの質にもよるが、今までの職場では、被害者に同情の態度を見せれば、加害者は自ら深く反省をするというパターンで解決できてきたが、今の職場では、加害者の状況が平常を逸脱している状況がほとんどで、双方の保護者を交えた対応におわれ、被害者の心のケアーにまでは手が回らないと思っている。
 著者は、親の育て方に問題ありとも言い切る。これも私は今まではそのように考えたことはなかった。親に問題があったとしても、問題は今ここで起こっていることなので、ここを管理する自分たち指導員に問題があると考えて対応していた。しかし、いま問題は外から持ち込まれていて問題が何なのかわからない気がするときがある。自分が年をとったせいなのかなどとも考えたりする。

 今日の工作をしながらの子どもの会話
 A君「先生、僕のお母さんはいつも仕事で建物の設計をしてるんよ」
 Bさん「うちのお父さんは大工さんなんよ」
 A君「ええ、そうなんいいね。設計するより、作るほうがいいよね。いまどこで作ってる?」
 Bさん「C町におるんよ。」
 A君「じゃあ終わったら帰ってくるね」
 Bさん「帰ってこんよ。離婚しとるんじゃもん」
 A君「・・・・・・じゃあ、それはお父さんとは言わんじゃあ・・・」
 Bさん「・・・・・・・・」
 二人がどんな表情をしているのか、わたしはうつむいたまま工作をしていた。

このように、なんでもない会話の始まりがいつも深刻な方向に行く。美輪明宏ならこんなときなんというのだろう。・・・・。
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コメント
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 差し出がましい言葉になりますが、言葉を失って黙する時、そうした場面が多々あると思います。
離婚した場合、父と母は別の場所で暮らしますね。
そのことに、たぶん子供は傷を受けていると思います。
うちも長女は離婚組です。
小学校5年と4歳の子を抱えていました。
すごく大変でした。
でも、ひとつ自慢させて下さい。
父親の悪口を子の前で口にしたことはありません。
私たち祖父母もそうしました。
「君たちを生んでくれたお父さんは、たった一人なんで
すよ」と、良かった点を折に触れて教えています。
たとえばですが、「手先が器用なところはお父さん似のところだね、上手くできてすごいねぇ」とか。
 指導員として向き合っておられますと、言いたくも言えない言葉が、たくさん胸に積もっていると思うのですが、少女に「何処に住んでも、此の世にお父さんはいるんだわ」という、誇らかな気持ちを育てることが出来たら・・・・・と、ついつい考えてしまいました。
我が身に起きた10余年、今は高校生と大学生の孫、ちなみにあちらの母上様は群馬県で長年保母~園長をなさり、60歳定年後は5年間、児童館の館長を勤めました。
よく児童館の話や学童保育の様子をお聞きしたものです
私とその方は今も仲良く、電話や手紙で現況報告など続けています。
 余計な話でしたが、お気を悪くなさらないで下さいね。何かしら、少女の心の支えがあればと願う次第です。

2011/08/23 14:20  | URL | みどり #-[ 編集]
-  -
 みどりさんの娘さんのことは本当に自慢できると思います。離婚していないとはいえうまくいっていない家庭も多々あることを思うと、何はともあれ守るべきは子どもの人権であることがしっかり認識されている方々の間で起こったことは見ていてもさわやかです。
 不特定多数の子どもを相手にする職場で、1・2度来館したことがある子どもにどんな言葉掛けがいいのかとっさに出てこないのがつらいところです。
 いろいろ思いをめぐらすうち二人きりになるような場面作りを心がけて話すことがありますが、転勤してすぐにはほかの指導員にもよく子どもの事を聞いてみる必要もありそうです。
 
2011/08/23 21:49  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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