『故郷亡じがたく候』の2
2011/09/10(Sat)
司馬遼太郎著 『故郷亡じがたく候』の「斬殺」 を読む。

これは明治元年の話。
新政府が、まだ制圧できていない奥羽30余藩を、京都で出来上がったばかりの新政府に帰属せしめんと、たったの汽船4隻で大阪から奥羽に向けて出航したときの話。
 まずは仙台藩をして会津藩を討伐させようとの計画。
 3隻目のお座船には、奥羽鎮撫総督という軍職をあたえられた従一位九条道孝29歳、その添役に従三位の公卿沢為数50歳、従四位の少将で醍醐忠敬19歳。それを担いでいる参謀の薩摩人大山格之助、長州人の世良修蔵がいる。
この、長州人である世良修蔵についてである。

 縦に長い日本列島。薩摩と長州が幕府を倒して新政府を作るも、奥羽のほうでは、京都や江戸につめていた者にしかそのことが理解されず、錦の御旗を掲げて禁裏が奥羽の地に下りくるも、最初はそれに従うつもりでもあった仙台藩も表向き従いつつ裏で仙台藩を中心に奥羽列藩同盟を作る工作ができつつあった。 
 それもこれも世良修蔵が、ごろつきのような人物だからであった。働き者の世良修蔵が、京都からの言いつけを遵守すべくせっかちに2・300年前の封建制度そのままの藩体制の仙台藩主を下に見て、大柄な態度で会津への攻略を催促し続けることへ、仙台藩士たちが反発し、藩士のあいだでも新政府派が退けられるようになり、ついには世良修蔵への暗殺計画が進み
斬殺されるに至る。
 明治元年頃の奥羽の気分がよくつたわる作品だった。
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