『いのちまんだら』
2007/10/29(Mon)
     灰谷健次郎の『いのちまんだら』を読む

 本文は第一部~第四部の構成になっている。

 第一部は1997年10月1日~1998年5月13日までの『朝日新聞』に連載された小文である。

 灰谷健次郎が、その頃住んでいた沖縄・渡嘉敷島から送られた原稿である。
 とはいえ一年に10回ぐらいは海外に行き沖縄以外に月10日はいるという生活だそうだ。

 ≪アニミズム(自然崇拝)とニライカナイ(海の彼方の浄土)の思想が、沖縄の人々の死生観を作ったのであろうか。≫といった人々の様子を、沖縄調で語っているのを読んでいると、なんだかとてもゆったりとして幸せな気分になってくる。
 読みながら久しぶりに深い深い眠りについた。

 たまに目覚めて少しずつ読み進んでいて第4部に来て一転。
 「『フォーカス』が犯した罪について」と題して、神戸の事件について『フォーカス』(1997年7月9日号)が、逮捕された少年の顔写真を掲載したことに人権侵害の責任を誰がどう取るのかと「売れれば何でも書く」という企業倫理を問い、新潮社からの版権を引き揚げた経緯や心境が述べられていた。
 第四部は、全てこの事件のことについて書かれていた。

 この書は1998年9月の出版である。あれから大方10年経った。

 犯罪の周辺にある加害者・被害者の人権問題。
 被害者と加害者の人権が同じでいいのか? 
 再犯をどう防ぐのか。
 治安の問題はどうするのか?

 予想できなかったような事件が相次いで起こり、世の中の物差しも少しずつ少しずつ変化してきた。

 政治家の倫理観、企業家の倫理観の欠如による事件のニュースも後を立たなくなった。
 今や中国などに至っては企業家の倫理観は国の存亡にまで係わってきている。
 世の中に絶対壊れないというものもないだろうし、絶対安全ですといえる食べ物もないだろう。
 こういったことに気をつけて使おうとか、食べようとか、注意しあいながら、新しい製品または食品の開発に努力していけばよいということは皆わかっている。
しかし、そんなことでは市場についてゆけない。
 
 「売れれば何でもやる」ほんとに深い問題である。




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