『広島県現代文学事典』
2011/11/11(Fri)
岩崎文人編 『広島県現代文学事典』の一部分を読む。

 いつも利用させていただく図書館で、どんな本があるか少し丁寧に見ていたら、この本を見つけた。
 編者の岩崎文人とは、私の卒論の担当の先生だったひとだ。先生といっても私は12年遅れての大学入学だったので、先生とは6歳しか違わなかったし、子育ては私のほうが先輩だった。
 この『広島県現代文学事典』は、一体どんな目的で作られ、どういう利用の仕方があるのか検討が立たなかったが、とりあえず分厚い本を抱えて帰った。帰って目次を見ても検討が立たなかった。最後の索引を見て取り掛かりがあった。

 ≪栗原貞子 35、56、60、63、65、66、68、91、122、127、167、204、216、260、268、288、289、297、406≫

 とある。栗原貞子さんは、その詩『生ましめんかな』で有名な人であった。また私の娘が中学生のとき、学習グループで自発的な宿泊研修を計画し、その講師として夫にすすめられた栗原貞子さんを決め、お願いにご自宅に伺った時と、研修当日、講習会場までの送迎の時に親しくお話をさせていただいたことがあった方だ。

 索引全部をていねいにひろい読みして、栗原さんの文学界での位置といったものが、三次元的に分かったような気がした。
 栗原貞子さんは被爆体験をしたために、そのことを詩に書き有名になられたのかと思っていたが、それ以前からも詩人であり、さらに夫も詩人であり、アナキストであった。『生ましめんかな』の詩しか知らなかったが以後にも有名な作品があるということ。さらにいろいろな活動をずっとされ続けたということ。そして余談だが誕生日が3月4日で偶然にも私と同じであった。こんなことがわかった岩崎先生の『広島県現代文学事典』だった。
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コメント
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 栗原貞子さんとは、懐かしい名前に久々に遭遇致しました。生ましめんかなの詩人という事ぐらいしか知らずにおりましたが、関連の詩や資料を探り得て、良かったですね。
 ご夫君の霞様が、此の栗原貞子さんの素晴らしさを見ぬき「講師なら此の方を」とのご提言がお有りだったとは、まさに夫唱婦随です。
 志村様の処のコメント欄で、ただ今「主夫をしている」と書き込まれておりましたが、働く貴女を暖かく援助なさっている様子が目に浮かびました。
こうして支えて下さる方がいらっしゃるのですから、まだまだ充分に働けそうですね。
2011/11/14 14:11  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 ありがとうございます。夫は行動が早く、さりげなく親切にしてくれるので助かっています。
 娘の研修のときは講師に、もうひとり石田明さんをお願いしました。このかたは、社会党の県会議員でした。教職員組合からでられたのですが、被爆による白内障の認定で国と長く戦って勝訴された方です。朗々の弁舌には力がありいつもトップ当選でした。この子どもたちだけによる研修の記事は朝日新聞で伝えられました。それほど石田先生の動向は新聞記事にすぐになっていました。
 じつは栗原貞子さんのご主人もずっと前、県会議員でした。当時の古い人の話によるとその演説は石田明さんを凌ぐと言われたのです。 
2011/11/14 20:09  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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