タイの水害
2011/11/23(Wed)
 来春1年生になる孫がヨウレイキンで入院していたが無事退院して、ばあちゃん家にお泊りすると泊まっていたその孫も元気に夫に送られて帰っていったあと、私はダンスに出かけた。
 教室には少し遅れてAさんがこられた。
 Aさんは、ここも広島市でしたか、と思えるような遠くから通ってこられている。
 先週、「あれでもタイから帰ってくればパーティーには行けないかもしれません」などとおっしゃっていた。行かれたかどうかは私も行けなかったのでわからなかったが、今日は、若くて落ち着いた可愛らしい女性と男の子と女の子が一緒だった。
 いつもはスクウェアになって踊るのだが、他にも初心者がおられたので、Aさんの連れの女性も入れてサークルでのダンスがコールされた。とても素直な方で、一緒に輪の中でコールに耳を傾けながら踊られた。
 ミーティングのとき、Aさんが隣に座られたので、そっと聞いたところ、連れの若い女性は息子さんのお嫁さんだそうだ。二人の子どもはお孫さんで、男の子は7歳で女の子は5歳。息子さんも一緒に帰国されたのだそうだが、すぐにタイにかえられたとのこと。タイには8月に赴任したばかりだったのだそうだ。住まいのアパートも会社も水害は受けていないのだそうだが、学校が水害で通えず、来春くらいまで日本にいてこちらの学校に通うような話だ。千人位が日本に帰国してきていて、それぞれ地域の学校に受け入れるようにとの通達があったそうだ。8人しかいないクラスが彼を入れて9人になったそうだ。二人の子供はお互い英語での会話。お母さんとは中国語。夫婦は英語、AさんとはAさんは日本語ではなしかけ、子どもはそれを十分理解して英語で返してくるのだそうだ。お母さんは中国人かもしれないと思ったが誰かが、「子どもさん、眠たくなる時間じゃなかったかしら?」と話しかけられたら、自然な日本語で「今日は十分眠っているから大丈夫ですよ」と答えておられた。
 私も孫が入院などしたので何かと忙しく気遣いな日を送っているような気がしていた。しかし未亡人のAさんは夫の協力もなく、3人の家族を受け入れ一人で大変だったと思う。でもこうして一緒にお連れしてこられたことが誰をも幸せな気分にした。
 私はお孫さんたちと、「またね!」と言って別れたかったので、踊りながら、「アイ シー ユー アゲン プラド〜ニ グッバイ ジョニー グッバイ」とむかし歌った歌を思い出し、帰り際、「アイ シー ユー アゲン 」と声をかけてサヨナラした。

 私の身近で、勤務する学区の県営住宅に福島からの被災者の方が入居されていることは聞いていたが、タイからの被災者の話は思ってもいなかった。でもこうして健やかに育っている被災者家族に出会って、日本中はもちろん、世界中もつながっているとの思いをした夜だった。
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コメント
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 お孫様、ご快復なさいました様子よかったですね。
霞様のブログに伺いましたら、お孫様のことで暫く休みますとありましたので、どうなさったのか気がかりでした。(時々伺っておりました)
まだまだ養育盛り、何かと出番が必要ですね。
私の孫二人は上は成人式も終わり、下は高校2年ですので、最近は出番が無くなり昔が懐かしいです。

 こちらの団地も中国人、ベトナム人、韓国人、其れに外国からの国費留学生まで(タイやインド)多彩です。
仲良く暮らせるといいのですが、ゴミ出しのことなど説明しても守らなかったり、夜中まで大騒ぎしたりと、とけ込めない方々もあり、偏見で切り捨てるような意見も時々耳に致します。
習慣の違い等からくる相互理解の欠如を、どうしてゆくかが毎年の課題です。
 一緒に踊ったり、歌ったりする機会がふえればいいですね。
2011/11/23 09:05  | URL | みどり #-[ 編集]
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 心配していただき、ありがとうございました。お陰様で元気になりました。
 入院中は、ベッドでおとなしくしていないといけないので、ゲームは医師からの推奨玩具でした。
 ゲームのルールとアドバイスを読んでくれとゲーム機を差し出しますので、読み聞かせると、すぐにやり始めました。その繰り返しでした。読んでいる私にはなんの事やら理解できませんでしたが、好きなことはすぐに理解できるものだと感心してました。
 タイからの子どもたちも同じゲーム機で、母親に読んでもらっては2時間近くやっていました。

 私は今の仕事に就く30年前、時限立法であった、同和教育振興法の施行の一環である教育集会所に4ヶ月間臨時として働きました。私の勤務した施設は、同和地区ではありましたがほとんど住民は在日韓国人でした。働いたと言っても、5ヶ所あった教育集会所の職員研修により多く駆り出され多くを学習時間に費やしました。
 学習で学んだことよりも強烈に残っている印象は、住人の意識でした。ここでは、日本国民としての義務はあるが、ほとんどの権利がないことによる自立の精神でした。権利はあっても自立の精神を育てるのが教育です。
 ここでは、住人による教育がしっかり実を結んでいると子供たちを見て感心したことでした。しばらくして夏の甲子園の中継で、活躍している子供の中に、関わっていた子がいるのを見て、そのプレーに涙がでました。

 自分の住んでいる地域を整然と美しくしたいという気持ちは尊いと思います。その尊い気持ちが伝わるといいですね。
 
2011/11/23 10:54  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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