「大和大納言」
2011/12/08(Thu)
 司馬遼太郎著 「大和大納言」 を読む。

 これは司馬遼太郎短編全集十一のなかの作品。
 
 大和大納言とは、豊臣秀吉の弟、豊臣秀長のことである。
 秀吉は関白が最後の位であることは有名である。しかし、秀長が最後何であったかは知らない人がおおいのではあるまいか。
 秀吉といえば戦国武将であるが、最後は公家になった滑稽さを一方に描きながら、一方で、豊臣家を支えるために、秀吉自身と竹中半兵衛と黒田勘兵衛のこの秀長への教育について語っている。
 そして、よくその教えを理解し守りきったその秀長あったればこその豊臣家であったことが語られる。
 豊臣家の中にあって、秀吉が活躍できたのは信頼できる秀長に留守を頼めたからである。また家臣に造反がなかったのは秀長の秀吉へのとりなしをこまめにしたからでもある。
 また、統治しにくい紀州を治めた後、さらに統治しにくい大和の領主にもなりその任を果たす。
 天正18年秀吉小田原城攻めには病気のため出陣せず、おわって秀吉が凱旋した後、大和で病気のため51歳の生涯を閉じる。
 その9年後、関が原の戦いの前夜に豊臣家中が分裂したとき、大阪城の古い者たちは、大和大納言がいきておられればと繰言をささやきあったという。
 竹中半兵衛と黒田勘兵衛といえば、軍師で、実戦が上手な人だと思いがちだが、戦上手も、軍団の教育から始まるのだということを思わせる話であった。

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