『気張る男』
2012/01/10(Tue)
 城山三郎著 『気張る男』 を読む。

 暮れから正月にかけて、司馬遼太郎の若いころの、血なまぐさい歴史小説ばかり読んでいるような気がしていた。

 気分を転じて、一緒に借りてきた城山三郎を読む。
 城山三郎は、多少読んでいるが書棚の前に立つと何を読んでいるのかわからず、すこしおおめに借りてきた。字が小さくてひるんだが、昨夜読み始めて今日夕方読み終えた。
 
 気張る男とは松本重太郎という人のことである。
 
 1854年、丹後国間人村から10歳で家出。京都五条通の呉服屋で丁稚奉公を3年。大阪に出て働き、自分の店を持つようになり、銀行を起こし、鉄道会社を起こし、紡績会社などつぎつぎと起こしと、明治31年には所得は渋沢栄一を上回り、関西では住友に次ぐ第2位になったという財界の人である。
 松本重太郎が大阪に出た年、同じく家出をして東京を目指した安田善次郎。のち、「日本の金融王」といわれるほどになり、松本重太郎が明治37年日露戦争が始まる年、経営不振に陥り、そのことを表ざたにしたくない政府によってその後始末をさせられることになるが、この人の手堅い経営信条との比較で、重太郎の人のよさを描いてもいる。

 松本重太郎も安田善次郎も、まったく知らない人であったが、先日2・3冊読んだ岩崎弥太郎で近代日本の企業のおこりについてよくわかっていたのと、維新で活躍した後、政財界で活躍する人たちについて続けざまに読んでいたので、スラスラと読めたように思う。

 日清戦争のとき、広島に大本営が置かれたいきさつについて以前夫に聞いていたが、松本重太郎が広島までの鉄道をひいて、まだ認可も運賃も決まっていないのに軍事物資をじゃんじゃん送ったというエピソードを読んで、西南戦争や台湾攻略のとき岩崎弥太郎が軍事物資を送ったことにより、戦勝したとおなじような様子をより具体的に、知ることができた。

 もうひとつ、近衛文麿が自殺したかたわらにいた松本重治という人が、血はつながっていないとはいえ、松本重太郎の孫であったなどと、孫の松本重治という人を知った。
 この重治は2・3回総理大臣をした松方正義の息子の子で孫でもあった。 


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コメント
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幕末から近代史を順序良く学ぶと、今の時代が見えてくるようですね。意外と単純な公式で動いていることが解ります。歴史は繰り返すと言いますので、歴史を学ぶことの重要性は、今の時代のもっとも必要なことですね。原発問題も歴史を踏まえながら、本を読んでいます。「原子力船むつ」の本の中から、椴法華村何て、自分の村の地名が出てくると、ゾクッとして、さらに深入りしたくなります。みどりさんは、まるで歌でも歌うようにすらすらと読書するんですね。感心します。
2012/01/10 11:27  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
- えいこうさんへ あかねより -
 風邪が治られたようでよかったですね。
 私もめったに風邪を引いたことがありませんでしたが、昨年11月には咳が1ヵ月半くらい止まりませんでした。
 おたがい気をつけないといけない年齢なのですね。

 ところでえいこうさんが夢で遊ばれるように、わたしは本の中で遊んでいるのかもしれません。
 歴史小説なので、いろんな本で登場人物が重複している部分があって、読めば読むほど、知り合いが登場してくるようで楽しめます。

 原子力船むつの話もいろいろ教えてください。
 以前は結構無関心だった住民反対運動などを思い起こし、寄港されるひとびとがどんな思いだったかを今ころようやく感じています。
2012/01/10 22:47  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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