『部長の大晩年』
2012/01/20(Fri)
 城山三郎著 『部長の大晩年』を読む。
 
 三菱製紙の部長であった永田耕衣が、55歳の定年で退職してから、平成9年に97歳で亡くなるまでの晩年を描いたもの。
 若い時から打ち込んでいた俳句づくりを中心とした晩年を送り、90歳の時には現代俳句協会大賞を受賞するまでになる。

 俳句に対する専門的な記述や、俳句やその他の芸術家など著名な人との出会い「出会いは絶景」の記述もあり、門外漢ながらも楽しめる・

 「人間であるということが職業なんや。人間そのものの深化向上を切願する以外の手立てもありゃせんのや。」「人間は死ぬまで成長変化すること。体中に情熱を燃え上がらせることや。」と言ったという晩年のすごし方にはほんとにそうありたいと願う。

彼の句を最後のほうから引用してみる。

 昔日のゆたかさに在り冬の蝿

 烈日の老を看るべし眺むべし

 老斑を夏日晒しの童かな

 老いぬれば股間も宙や秋の暮

 撫子の老撫子を撫でながら   夫人が骨折したとき

 秋雪やいづこ行きても在らぬ人  夫人が亡くなったとき

 秋而今生亡妻ぞうつくしき

 汝が先に死んでしもたかお元日

 強秋や我に残んの一死在り

 あんぱんを落としてみるや夏の土

 大晩春泥n泥泥どろん泥ん

 褒貶をひねり上げたり鏡餅
 
 大腿骨マル折レノ秋深キカナ  骨折したとき

 踏み切りのスベリヒユまで歩かれへん

 行けど行けど一頭の牛に他ならず

 白梅や天没地没虚空没   阪神淡路大震災で家を失った時の句

 太陽に埋れてやぬくき孤独かな 

 枯草や住居無くんば命熱し 

 死神と逢う娯しさも杜若

 雪景や老松途中如如途中  老松なる自らにくれぐれも大事にと言い聞かせ、雪景を賞美しながら、歳月のもとなる道中を行く。いま行きつつありますぞ。(金子兜太訳)
 

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コメント
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 気張らずに自然体で歌う自在さを感じました。
老いを恐れず、愉しめる心境には未だ未だ遠いのですが、もしも長生きしていたら、この様にとらわれずに生きたいものです。
詞に拘り、考え過ぎて、一番表したかったことと内容がずれる時があります。
未熟者であることを自覚しながら、生活に即した歌を愉しめたらと考える、昨今です。
2012/01/20 11:37  | URL | みどり #-[ 編集]
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 みどりさんの短歌や詩は「すごいな」と思いつつ難しそうなのでつい敬遠してしまいますが、永田耕衣のものはまずなんと読むのかわからいし意味もわからないことがほとんどです。
 これをどう読んで解釈するかについてはいろいろあるんだということに改めてびっくりしました。みどりさんに言われてみれば、気持ちに添う言葉がみつからなかったりもするわけですからそんなことがあって当然なんですね。
 阪神大震災で永田耕衣の倒れた家をクレーン車で整理していくのに、一句作るためにノート一冊を使っていたことがわかったりしたというのも驚きでした。努力を惜しまない人だったようです。
2012/01/20 20:01  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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