「死んでも死なぬ」
2012/01/29(Sun)
 司馬遼太郎著 「死んでも死なぬ」を読む。

 これは司馬遼太郎短編全集八のなかの作品。

 維新後、大蔵太輔、外相、農商務相、内相、蔵相を歴任して公爵、元老に登った男。
 聞多こと井上馨の話。

 ≪(たいしたものだ)
  と、それにも、俊輔は感服しきっている。もっとも、聞多の糞や色気に感心しているのではなく、そのなまなましい生命力を学びたい。とかげの生まれかわりのような、叩いても踏んでも死にそうにないいのちを、聞多はもっている。そのかわり、つらは下卑ている。
 (生まれも育ちも、いい男なんだがな)氏素性がよくてしかもとかげだからこそ、俊輔は感心するのである。≫

 俊輔とは伊藤博文である。
 なにかことを起こそうとするとき、まずは腹ごしらえというのはよくあることだが、どうも高杉晋作グループは、女を抱いて脱糞をしてすっきりしておくことが習性だったのではないかと思えるような話である。
 女であれば誰でもことをすませられる。またどこででも脱糞することができる。そんな聞多を、いちおう女にも好みがあったり、きまった厠でないと脱糞できない百姓あがりの俊輔が聞多をえらく尊敬するゆえんである。
 しかし、司馬遼太郎は、維新後、身分も低く稚拙で学のなりがたい伊藤博文が総理大臣になり、藩主敬親にも可愛がられた聞多がそれを支える役割になるのは、この生理のちがいによることを示唆していることがなんともおもしろい。


 
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<「沖田総司の恋」 | メイン | 「海仙寺党異聞」>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/471-b5c0fbf6

| メイン |