『道化師の蝶』芥川賞選評 入院時のあれこれ 9
2012/03/23(Fri)
 黒井千次 評
 作品のなかに入っていくのがむつかしい。出来事の関係や人物の動きを追おうとすると、たちまち拒まれる。部分を肥大化させる読み方に傾きかけると、それも退けられる。
 読む者に対して不必要な苦労をかけぬような努力を注文する。

 川上弘美 評
 以前大学の「量子力学」の授業で、あらゆる確率が50%の先におかれた「箱の中の猫」は生きているのと同時に死んでもいるのです。と教えられ、世の中には言葉では表現できない現象が存在する。
 この作品の「私」による語りは進んでゆく。「私」の主体が変化するたびに物語の位相も変化する。以前の彼の作品では猫の内実にまで迫っていなかったが、この作品で初めて箱の中で「ニャー」とないている猫の声を聞いた気がする。

 高樹のぶ子 評
 一読したくらいでは何も確定させないぞ、という意思を文学的な意思だと受けとるには、私の体質は違いすぎる。それが「位相」の企みであるとわかってはいるが、このような努力と工夫の上に何を伝えたいのかが私にはわからない。

 山田詠美 評
 この作品の向こうに知的好奇心を刺激する興味深い世界が広がっているのがはっきりとわかる。それなのに、この文章にブロックされてしまい、それは容易に公開されない。着想を捕まえる網をもっと読者に安売りしてほしい。

 小川洋子 評
 作品に描かれた着想の一つ一つはどれも“銀色細工の技法”により織られた網で捕獲したしたもののように、魅惑的だった。追跡者を死に誘い込む死語。手芸の技術と平行して進む言語の習得。
 結局私に見えてきた模様とは、もし自分の使っている言葉が、世界で自分一人にしか通じないとしても、私はやはり小説を書くだろうかという自問であった。
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