『夜の風見鶏』
2012/05/13(Sun)
 阿刀田高著 『夜の風見鶏』を読む。
 『源氏物語を知っていますか』を連載している『小説新潮』のつづきがなくて借りられず、阿刀田高の『夜の風見鶏』という本など数冊借りてきた。
 この『夜の風見鶏』を読んで、なんだか幸せな気持ちになれた。
 最近、体調が優れず、横たわっていることが多くなった。横たわっているのに、本を読む気力もなくてテレビもつけっぱなしで眠ってしまう。年度始めで仕事も忙しいのに懇親会などもおおいい。それにしても体調がよくならないストレスもあって読書が進まないのか、読書への興味が薄れてしまったのか、生活のなかでの最大の楽しみの読書に気が乗らない原因は何。
 『夜の風見鶏』はそんな思いを吹き飛ばした。
 朝日新聞に書いたエッセイを手直ししてまとめたもの。読みながら、私もそうなのです。そう思っています。という部分がおおく本当に楽しく読めた。落ち込んだときそう思える本に出合えることがけっこう立ち直れることに気付く。
 「夢いろいろ」では大好きな作品として夏目漱石の『夢十夜』をとりあげている。私も漱石の作品では『夢十夜』が頭にこびりついている。漱石の作品をそれぞれ比較検討できるような読み方ができていないので、漱石論ではいつも少し引いて読んでいるが、彼の語りではそんなことがぜんぜん気にならない。自分勝手な人間の深層心理に訴えかけてくる作品といえるのかもしれないという思いを素直に受け入れてくれそうである。
 「金のほしさよ」では、一緒に借りてきていた『60歳からの俳句づくり』という本より、古来より親しんできた、「季語+根岸の里のわび住まい」や「俳句+それにつけても金のほしさよ」のほうが素人にはめっぽう俳句や狂歌に近づける。
 「たった一人の聴衆」、ある先生の講義での言葉が今に至るまで役に立っていると思っていたが、同級会では、誰ひとりこの言葉を聴いた人がいないという話だが、私にもこんなことが多すぎる。極めつけ、最近のことだが職場研修で私は30年来耳が悪いのでいつも足行儀の気にならない前から2列目で聞くことにしている。
ところがこの前友達が話があるので後ろのほうに座ろうと強引なのでそうするとびっくりした250人のほとんどの人がぐっすり眠っていた。前に座ると振り向くということはないので知らなかった。後ろからはみんなの様子が一目瞭然。ハードな仕事を考えると、眠っている人ほど現場でがんばっているのかもしれない。
もしかして聴衆は前2列くらいかと思ったものだ。

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