『あやかしの声』
2012/05/18(Fri)
 阿刀田高著 『あやかしの声』を読む。
 短編小説11編
 11編中、最後がタイトルの「あやかしの声」という作品になっている。
 まずは、この作品を読んだ。
 読み始めて、何処かで読んだような。でも阿刀田高はこのところ読み始めたのが初めてだから、村上春樹でにたようなのを読んだのかな、などと時折眠りながら読み進んで最後、確かに読んだことがある。
 それもそんなに古いことではない。このブログの過去記事を調べてみると阿刀田高を読んだことがあることが分かった。2009年5月に『陽気なイエスタデイ』この本にも収録されていたのかと思いつつ他のも全部を読み、あれでもと思って調べてみると2008年3月にまさしく『あやかしの声』を読んでいる。「えっ!。まったく覚えていない」ショックを受ける。そのときは、『あやかしの声』についてだけ読後感を記している。他の話は、読んだ記憶が無いところを見ると、読後感を書かないままだとまったく覚えていないのかもしれない。
 読書とは一体なんであろうかと改めて考えさせられる。
 癪に障るので、このたびはそのときの記事を再度載せておく。

 阿刀田高のものは始めて読んだ。
 知り合いの方が時々読んでおられたのでどんな作家なのか興味はあった。
 11の短編作品である。
 夢か現か幻かといったはなしがほとんど。
 最後の作品が『あやかしの声』という作品であった。

 『明恵夢記』ではないが、作者の意識の流れが、現実から来るものなのか夢から来るものなのか幻から来るものなのか危ぶみながらなぞられ綴られていく。
 読んでいると、私まで眠たくなって読んでいたのか、読んだ内容に近い私の夢なのか分からなくなってくる。とちゅう何度も眠ってほとんど前に進まない。
 本を読みながらこれほど眠ったことも珍しい気がする。

 最後の『あやかしの声』の話は、自分の奥さんが、長い間図書館に勤めていて、閲覧係から、点検専門の係りに配置換えになり、幻聴を聴くようになった。
 たまたま仕事でエジプトのアレクサンドリアに行くことになった自分に、そこは図書館の発祥の地で、パピルスの巻物が50万巻もあったというからその遺跡も見てきて欲しいと頼まれる。
 その遺跡らしきところに行ったとき仕事の会場で見知った人から、「本にも人格がある」と遺跡の一部分の石をそーと引き抜いてそこに耳を当て読まれることのなかった多くの本の言葉にならないぶつぶつぶつという愚痴をきかされる。
 そして「奥さんはその仕事を止めなければ死んでしまいますよ。」と忠告を受ける。
 翌日、一人でもう一度聴いてみようと確かめに行くのだが、昨日引き抜いた石が何処だったかさっぱり分からない「あれはなんだったのか」と不思議に思う。
 とりあえず奥さんのことが気になり、今時分だと勤務時間だと考え、図書館にいる奥さんに電話をかける。「あなた、怖い」という図書館の所蔵室からの言葉を最後に電話が切れその放り出された電話機から言葉にならないぶつぶつぶつという音が聞こえてくるという話だ。

 図書館の本もさることながら、我が家のほとんど上がってゆかない二階の本棚の本。どうしようかと考えていた矢先こんな本を読んでしまった。

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