『朱い旅』
2012/05/20(Sun)
 阿刀田高著 『朱い旅』を読む。
 もう亡くなって久しい父母の過去。
 その苦悶は夏目漱石の『門』と同じよなものであったと聞いた。 
 父は、かつて誰かの妻である母と結婚した。その罪ゆえに、大学を辞さなければならなかったのかもしれないと思い描く。
 そして、結婚した日付などから、自分はほんとうに父の子なのかと疑念を抱くようになる。
 成り行き上、父の研究レポートを大学から引き取ることになる。それは、モリエールの〈アンフィトリオン〉と、ジロドウ戯曲〈アンフィトリオン38〉を中心とした〈アンフィトリオン〉が歴代どのように解釈されてきたかに対するレポートであった。それは、神への賛美から、宮廷社会への揶揄、人間の賛美、実存主義への変遷でもあるということであった。
 アルクメールの子メルキュールが、神(ジュピテル)の子なのか、夫のアンフィトリオンの子なのか。その子が誰の子か、決定は人間であるアルクメールとその夫であるアンフィトリオンに委ねられている。と、父は結論付けている。
 父は、そう結論付けて自分を育てたと結論付ける。
 しかし、阿刀田高の物語らしく、最後に母のもとの夫に似ていそうな自分にも出会う。

 読みながら、実存主義というのはこういうことだったのかと若い頃サルトルやボーボアールを一応開いては見たものの、こんな風に理解していたとは思えない。思わぬところで勉強になった作品だった。
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