『卑弥呼の秘密』
2012/05/25(Fri)
 安達勝彦著 『卑弥呼の秘密』 を読む。
 何がきっかけだったか忘れたけれど、卑弥呼に関心が涌いた。
 卑弥呼が今で言う障害者であったという確たる学説。多くの子供にかかわる仕事をしていて、障害児といわれる子ども数人に毎日接している。完全な人間がいない中で、障害とは一体なんであろうかと考えさせられる毎日でもある。
 そんな子どもたちの中に、この春入学したばかりの小学1年生とは思えないほど、かなはもちろん簡単な漢字やアルファベットまで自在に使いこなし、自分の世界を持っていて、障害があるといわれているとても興味深い少女に出会った。何がどうと説明することは難しいが、日を重ねて見ていれば卑弥呼が、こんなぐあいではなかったかと勝手な想像が涌いてくる。
 卑弥呼が障害者であったという前提で、学術的ではなく、歴史小説ではなく、卑弥呼がかもしだす何かによってつむがれた、その時代を小説にしたものはないかと思うようになって、期を置かずして出会えた一冊であった。
 邪馬台国が阿波の国であり、倭国の王座がダビデ王の血脈であるなどと想像しがたい説ではあるが、それは仕方ないとして卑弥呼の跡を継いで女王になる宗女トヨヒメが13歳の時のだいたい一年間の話。
 卑弥呼とその弟タカギのヤマトノクニはアワコク(阿波)にあり九州の、筑紫、備前、肥前、安芸、吉備、出雲、越など30余国の連合国の盟主であった。淡路島を挟んでトミノクニのナガスネヒコ、その妹婿のニギハヤヒなどとの勢力争いに明け暮れる中で、最後ヤマトノクニが勝って、ニギハヤヒトの国をヤマトノクニと呼ぶことにして、トミノクニ現在の奈良の宮殿に移り住む事になるまでの物語。
 ヤマトノクニには魏国からの使者と、世界中にユダの子孫を捜し歩いているヨゼフが身を寄せている。倭が自国にかしずいている国であると思っている魏の使者と、倭がユダの子孫の国であると思っているヨゼフのヤマトノクニへの思いには当然大きな開きがある。その違いが、魏国の使者の命によって卑弥呼が十字架に架けられて死を遂げる場面、ヨゼフの聖書の読み解きによって卑弥呼にその死の意味を教示して讃える姿勢にあらわれている。
卑弥呼の死とともに、13歳のトヨが女王になる。
 100冊からの参考文献を読んで書かれたものである。書く為に読んだのか読んでいるうち思いが膨らんで書けたのかとにかく楽しく読めた。

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コメント
-  -
卑弥呼が障害児だったと言う説ははじめて知りました。今の衆議院議長横路さんが北海道知事時代に「障害は個性だ」と話していました。個性は生かすと才能を発揮します。魚類学者の「さかな君」のお母さんが、先生に言われたそうです。「お宅のお子さんは魚のことばかり勉強しているが、他の教科がまったくダメなので、平均的に学ばせてください」と。お母さんは「うちの子供はそれでいいのです」と言ったそうです。
2012/05/31 12:02  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
- えいこうさん -
 仕事は別ですが、ブログに向き合う自分としては、障害に対してえいこうさんと同じ感想を持ちます。
 『卑弥呼の秘密』は卑弥呼を障害者として書いていません。
 それは別として、卑弥呼やや邪馬台国についてかなり読んでいる人なら一つの幻想物語として面白いのですが、なんだかいまの時代にこの本はあってはいけないような気がしてきました。あまりにもありえない話ならまだいいのですが、ありそうに思えてくるところがいけません。本気にしてしまいます。
 この次のさだまさしの本に意外なことが書いてありました。
 山窩についてです。山窩は存在しなかったというのです。山窩は三角寛が作り上げたものだというのです。まさしく私は高校生のときに三角寛のドキュメンタリー風で写真入のの『山窩の記憶』という本を読んで、しっかり山窩の存在を疑ったことなどありませんでした。きっと誰でもこの本を高校生の頃読んだらそうなると思います。
 でも高校生の頃頭に焼きついたものをいまさら消せるでしょうか。
 やっぱり『卑弥呼の秘密』は面白いだけにあってはいけない気がして仕方ありません。
2012/06/01 02:07  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
- ありがとうございました -
色付きの文字
卑弥呼が障害者たってことがびっくりです。
学校の宿題だったんです!
ありがとうございました♪
2013/05/16 19:27  | URL | かおかお #-[ 編集]
- かおかおさんへ -
 コメントありがとうございます。
 学校の宿題といえば学生さんですね。
 ご存知のように卑弥呼は、中国の倭についての記述では『後漢書』にスイショウ以後名前のわかる二番目の日本人で、『魏志倭人伝』に七十七文字の説明があるだけです。
 王であったこと、鬼道を事とし、能(ヨク)衆を惑わす。年かさで、夫はなくて、弟がいて彼が卑弥呼を助けて国を治める。彼女が王となってからは、彼女を見た人は少なくて、婢千人を侍らせ、ただ一人の男性だけが卑弥呼の部屋にはいり、食事を供し、辞を伝えた。宮室・楼観・城柵は厳かで常に兵が守衛していた。
 これらのことから、私には類推困難なのですが、障害者説のもとに古代史を展開する人が多少あるということです。
2013/05/19 18:59  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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