『日と霊(ひ)と火』
2012/06/10(Sun)
 渡辺郁夫著 『日と霊(ひ)と火』 を読む。
 渡辺先生のものは、全部読んでいたと思っていたが、図書館で意外にもこの本を見つけたのでさっそく借りて帰った。
 「はじめに」を読んだら、先生独特のまろやかで淀みのない、深みのある文章に出会ってなんだか崇高な気分になれる。なぜ先生がこの本を書き、なぜ私がこの本を読むのかはっきり分かってくる。
 これまで読んだものは浄土宗や浄土真宗への思いを書かれたものであったが、この書は、古代史を、発掘された遺跡や、書籍と、書籍に語られる神々を祀る神社を訪ねての紀行文のような宗教的評論である。
 神道は、仏典やコーランや聖書などのように、経典によって理解することはできない。『古事記』『日本書紀』『魏志倭人伝』『出雲風土記』などのわずかな歴史書や物語からうかがい知るほかない。ここに語られる神々の国にどのように仏教が受け入れられていったのかを考える時、古代史の縄文人と渡来人と弥生人の関係性を考えてみることはとても意味のあることだ。
 その受け入れる様に、独特の感性があることを、「国譲りの神」、「結びの神」などという表現や実態を感じながらわからせてくれる。
 そして、この「譲る」とか、「結ぶ」とかいった無意識的な感性が、仏教を意識的に認識できる支えとなっているのではないかとかたる。
 私はめったに旅をしないが、この本に書かれているいくつかの神社を訪ねた時のことを思い起こす時、書かれていることを抵抗なく受け入れられる。
 神社の聖域でも日本人の持つ感性に共通のものがあるということを感じる。

 本稿の最後のほうにこのことが的確に書かれている。
 ≪明治23年9月14日、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は外国人としてはじめて出雲大社本殿への昇殿を許された。松江中学教頭の西田千太郎の紹介であったが、破格の待遇といわれている。ハーンはチェンバレンの英訳した『古事記』を読んでいるが、彼の神道への接し方は書物を中心としたものではない。西洋の東洋学者は神道を解明しようとして書籍の中に神道を求めようとし、困難につき当たる。ハーンはこう言う。「しかし、神道のほんとうの姿は、そうした書物の中や、儀式や戒律などのなかにあるのではなくて、じつは、国民の心情のなかにあるのである。つまり、神道は、日本の国民的心情の、永遠不滅な、つねに若さにみちた、最も高い感情が、宗教的に発現したものである。」
 これが杵築大社(きづきの大社・出雲大社の名は明治以降のもの)に参拝した後のハーンの感想である。
 神道とは何かという問いの最もすぐれた答えの一つがここにある。私は神道とは何かと聞かれたら、感受性だと答えたい。この国に生まれ、この国の自然の中で育った人々の中に自ずと培われるある感受性といってよいだろう。だからこの国の自然とそこに生きる人々がいる限り、滅びるようなものではない。政治体制の変動などたいした問題ではない。・・・・≫
 ・・・・。のほうもいよいよ読み応えがあるのだが、きりがないので割愛する。

 十数年前に出版されたものであるが、いよいよ日本人の無意識の感性が、東北大震災を経てさらに、私たち日本人を支えてくれているように感じる。
 書き忘れたが、卑弥呼など女性シャーマンについて語られるところも相当の分量あるが、もちろんこれも、読み応えがある。


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コメント
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杵築大社を訪れた時のハーンの感想は見事ですね。宍道湖に沈む夕日を見て、神道とはなんであるかを理解したのでしょうね。私も水平線に昇る朝日を見ると、神の存在を意識します。神って存在は、人間が人間らしさを保つための、戒めの様なものなんでしょうね。
2012/06/13 13:20  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
- えいこうさん -
 この作品は、著者の、古代の話、縄文人や弥生人、神道の話が、みんなえいこうさんが地平線から登る朝日を見るそのまなざしの中に重なっていくという筆致でとても深く新鮮に感じるのです。
 たとえば、あるいは杵築神社の千家のほうが天皇家より家系が確実に受け継がれているのではないかと言われているように滅ぼさずに国譲りをさせる。また、明治維新のときの官軍が徳川家や、函館の榎本武揚を生かして国譲りをさせたようにと、重ねて、具体的に感じられるような語り。
 女性シャーマンである魏志倭人伝の中の卑弥呼も、まさに、天理教の教祖中山みき、大本教の出口なおなどを具体的によみがえらせて、霊的なものを感じずにはおれない人間の4次元的(??ここでは霊的なものをたして仮に4次元になるとして=あかね註)な感性のありようを語っているように感じるのです。
2012/06/13 21:35  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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