『街道をゆく 15』3
2012/08/20(Mon)
 司馬遼太郎著 『街道をゆく15』 のつづきをさらに読む。
 江差の話はじつはさらに9話までつづいた。
 開陽丸と今は捕れなくなった鰊漁がさかんであったころの盛衰記である。
 10話からはさらに北へ行き札幌、石狩町、厚田町、月形町、新十津川町、深川市、旭川から大雪山を東に越えて陸別に行く。
 記録を読んでいて、その凄惨さに読後、数日ボーとすることがある。
 なんといっても本州との自然条件の違いは大きい。この地が、江戸後期から開発されていく様の記録は、司馬遼太郎にもそんな気分を味合わせたらしい。
 有史以来これほど人間の尊厳を無視した事業があっただろうかと。軍隊でいきなり自分の身を天皇にささげさせられた経験を持つ司馬遼太郎である。彼が九州の倍ちかい面積を持つ北海道の広大な泥炭地が、豊かな台地に様変わりさせるためになされた非人道的な事業に行き場のない思いを募らせる。
 わざわざ行った厚田では、子母沢寛の話が出てくる。彼は厚田村の出身だそうだ。彼は祖父母に育てられた。祖父はもと御家人で幕府瓦解のあと彰義隊に加わり、敗れてから榎本艦隊の北上に参加し五稜郭で戦った。その後逃れて厚田村に土着した人だそうだ。祖父の膝に抱かれて、江戸のことや、彰義隊のことや、五稜郭戦争の話を江戸弁でたびたび聞かされた。そのくだりを読んでいて、ふともしかして、勝海舟を知ったのはこのひとの作品ではなかったかと思いPCで検索して、『おやこ鷹』!これだ。私はこれを読んで初めて江戸文化や、直参の御家人や旗本について知ったのではなかったか。それを、この北海道の僻地で育った作家の著書で知ったことを改めて知った。
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コメント
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札幌に美術館のある画家の三岸好太郎は、子母沢寛の異父弟です。これは美術館で知りました。「親子鷹」私もテレビで観ましたよ。
2012/08/23 12:48  | URL | かわぐちえいこう #-[ 編集]
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 テレビや映画で見ていないのが残念です。読んだころは作家が誰かというようなことには関心があまりなかったのでしょうか、作家の名前は記憶にありませんでした。
 画家の三岸好太郎の話もよく出てきました。子母沢寛は何枚か絵をもらったのだそうですが、人にあげてしまっているそうです
2012/08/23 22:33  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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