『徳川家康』
2012/11/05(Mon)
 松本清張著 『徳川家康』 を読む。
 この、講談社の火の鳥伝記文庫は子どものためにかかれたものである。
 325ページの新書本で、山岡荘八の『徳川家康』の約26分の1である。
 読み終わる頃、疲れて本を閉じ目を閉じて、思いにふけっていると、これら元就や家康を読み返して楽しんでいることに昔物語を何度も聞かせてくれとせがむ子どものような自分を発見する。
 歴史への興味がわいたのが、小学生のとき、織田信長と豊臣秀吉と徳川家康の伝記を立て続けに読んだ頃ではないかと記憶する。そこへ立ち戻った。
 しかし、いま語り手の松本清張にも大変興味がある。松本清張が、子ども向け?という気持ちもあったが、読んでみると、やはり松本清張独自の主張が感じられておもしろい。
 家康の生活の中で重んじたことに、「足るを知る」をあげ、家臣にも忍耐と質素を勧めている。趣味としては、鷹狩と学問をあげ、鷹狩では、体を鍛えることと、野に出て庶民の生活をよく知り、治世に役立て、学問では、尊敬している中国の統治者や、源頼朝、武田信玄の伝記、仏教に関する書物を多く刊行している。
 幕府をつくるにあたっては、行政にしっかりした組織力がなければ、一代限りで世が乱れるということを中心にすえている。
 晩年、溜め込んだたくさんのお金を秀忠に譲るとき、この金は天下のものと考えて、決して私事に使ってはならない。太平の時にはつまらぬ出費を控えて、蓄えること。そしていざ戦のときと、火事の時、飢饉や洪水のときの入用に使うことなどを説明したという。
 夏目漱石が、京都に講演に行くときであったかに、稲を見て、はじめてそれがご飯の元であることを知ったということを読んで驚いたことがあったが、北条氏政にも似たような話があるという。北条氏政が城を出て田舎道をいくと麦の刈り入れ最中だった。おなかがすいていた氏政は、あの麦で麦飯のおにぎりを作ってまいれといったのを、武田信玄が脱穀しなければ麦は炊けないと説明したという。
 家康は、信玄など立派な領主がそうしたように、鷹狩をして庶民の生活をいつもよく知っていたということである。(実は北条早雲は戦国大名のはしりで、庶民に小学校の先生が児童を手に取るように教えるように生活習慣を教え導いたと司馬遼太郎で読んだことがある)
 また、家康の出版した本には、唐の太宗貞観の「貞観政要」(1600年)、中国の兵書「六韜三略」(1599年)、源頼朝の「東鏡」・中国の儒学の経典「周易」(1605年)、 中国の兵書「七書」(1606年)、「東鏡綱要」(1612年)、中国文に翻訳された仏教の書籍を系統的に集めたもの「大蔵一覧」(銅活字9万を使って刷った)などがある。

 
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