『歴史と視点』その2
2012/12/23(Sun)
 司馬遼太郎著 『歴史と視点』 をほんの数ページ読む。
 司馬遼太郎が戦車隊にいたとき、戦術教育の中で兵棋演習をやった事に触れている。
 読んだあとそのことが頭を離れないでいる。
 箱庭に山や谷を作って、将棋の駒ほどの大きさの戦車に見立てたもので、敵の戦車部隊に対する戦術を教わる。教官は箱庭のふちに立って「この場合の小隊長の決心。」と質問するのだそうだ。皆いい加減な解答しかできなかったが、最後に教官の出した原案(正解)は詰将棋の正解のように明快でそうやれば勝てそうな気がする。しかし、このことは、むかしの僧侶が、自分でも信じていない地獄極楽の説教をするのに似て、僧侶のウソの上に地獄極楽のリアリティに富んだ精密な光景が構成されているのとおなじで、このウソは、日本という国家が国家の総力を挙げてついている大ウソの一部であったというのである。

 私は、この文脈から、憲法と民法の対比を思い起こさずにいられない。
民法で、債権譲渡のことに触れている。たとえば「Aさんが100万円の債権を持っている。債務者のBさんは、支払能力が5万円しかない。Cさんはこの債権を10万円で買った。」というようなことだ。こんなAさんの債権を5万円以上で買う人がどこにいるのだろう。私にはわからなかった。しかし、たとえばCさんは、支払能力のないBさんを遠洋漁業などに送り込んで働かせて、100万円回収するのである。若い女の人なら風俗ででも働いてもらって100万円回収するのだそうである。それがたとえ50万円の回収であっても充分儲かるのだ。「???。」これがあのすばらしい理想をもつ憲法の下にある民法である。

 いま、安倍さんは、民主党から債権を買った。私は3年前民主党の債務者にはなった記憶がある。このたびの選挙でも地方区ではその義理ははたした。しかし債権は自民党に譲渡され、いまや私の身は絡め取られ核汚染地帯に追い込まれそうな気がする。

 わたしにとって司馬遼太郎の兵棋演習の話は、テレビで安倍さんの顔を見るたび被害妄想に陥ってしまいそうになる衝撃的な文として頭の中に居座っている。


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