『至誠に生きた人々』 ④
2013/01/23(Wed)
 丸山義雄著 『至誠に生きた人々』の第三話から第五話「文学」「休憩室・お楽しみ」「寮歌」を読みました。
 「文学」では、漢文、とくに漢詩がほとんどで、私にはちんぷんかんぷんです。
 地理もよくわからないし、時代もよくわからないし。情景を浮かべにくいのです。

 漱石の文学表現における漢詩の役割といったようなことを大学で一時考えたことがありましたが、著者の丸山義雄氏は漱石と同じく漢文の研究者ではなく、漢詩を本職の息抜きに楽しんでおられるところがありそうです。そんなことを思いながら「休憩室・お楽しみ」まで読み進んでいくと、漱石の弟子というか友達に、寺田虎彦がいて、彼の随筆集を読み返してみたいとも思わされました。
 私たちの日常生活とは縁遠い漢文や、将棋、研究開発。いずれもコンを詰め、上等なひらめきがなければなりがたいものばかりですが、それを成り立たせている心の向くところを読ませていただく読書というのは、この何年かなかったような気がするのです。寺田虎彦の随筆集以来でしょうか。でも、読んだのは、高校生のころのことで、書かれてあったことは覚えてはいませんが、その風景だけがこの書と似ていそうだとぼんやりと思うのです。
 昨年、特殊相対性理論をわかりやすく書いた本を読みましたが、それとも違うし、ずっと昔、広中 平祐の何とかという本を読んだのとも違うし。やはり科学者でいらっしゃりながら、「文学」の陶淵明の文に「日本文化の底流に漢文があります。私はそれが好きです。」と書かれているようなところが、私にとっては、丸山義雄氏の著書の大きな魅力かと思いました。難しい本ながら、そんなところが、一張一弛の一弛になるのかもしれません。

 それにしても、この書の元になったブログ記事に多くの人が、アクセスされるのですから、漢文が理解でき、楽しめる方もおおいのかもしれないとも思いました。


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