『秘花』
2013/02/05(Tue)
 瀬戸内寂聴著 『秘花』 を読みました。
 ブログでおなじみのみどりさんからの頂き物です。

 「秘すれば花 秘せずば花なるべからず」言い換えれば「言わぬが花」ともいえそうな内容です。
 
 大和の申楽観阿弥清次の子世阿弥元清の生涯の秘め事を語っています。
 一~三部では世阿弥自らが語り、四部は最後を看取った佐渡の女性に語らせるという構造になっています。

 十二歳で足利三代将軍義満にその芸とその姿を好まれ男色の相手となり、観世の申楽は頂点に達します。それから徐々に衰退して、七十二歳に6代将軍義教によって罪状のわからないまま佐渡へ島流しとなり京に帰ることのない八十歳過ぎまでが語られます。

 世阿弥二十二歳、時流に乗った一座の人気も最高潮にまで上り詰めるなか、父観阿弥が常日頃、この世の時には勢いづく上向きの男時とすべての勢いが衰え不如意になる女時があると教えていたように、父親が亡くなります。
 将軍義満に愛された女性をいただき夫婦になるのですが、子どもがなく、弟四郎の子ども元重を跡継ぎとして迎えます。
 迎えた後になって長男元雅、次男元親と実子が生まれ、すでに父親から受け継ぎ四郎にも伝えてあった『風姿花伝』を長男にも伝えてしまうのです。両家は世阿弥の契約の反故によって別れ、四郎は別に一座を立てます。元重は元雅より格段に『花』があり、当然元雅のほうが衰退していくのです。そのことで次男の元親も十七歳にして出家して親の元を去ります。四郎も元重も元雅も元親もこのようなことは望まなかったのですが、世阿弥自らのわが子可愛いさが、この悲運の現況となったことへの悔恨もありながら、さらに元親の出家の二年あとにその元雅も何者かに殺されてしまいます。
 伝えるべきもののいなくなった芸についてさらに研究した花伝を晩年、元親がもしこの島へ着たら伝えてくれと島の女性に口述します。

 作品中、観阿弥が世阿弥にわれらの祖先は秦河勝だと言い出す部分があり、興味深く思いました。この部分は著者寂聴がかってに創作したものか、観阿弥の創造したものでそのことが何かの記録に残っているのか知りたいところでした。
 また、一座運営のため権力におもねるための芸も大切でその研究もするが、一般大衆の人気を得るための芸についての研鑽への思いは、私たちの仕事や趣味の芸事にも通じるものもあると、生きていくための「秘すれば花」心の闇そんなものを感じさせられました。
 今まで読んだ寂聴の作品では一番すばらしいと思いました。
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