『歌舞伎のかくし味』
2013/03/22(Fri)
 山川静夫著 『歌舞伎のかくし味』 を読みました。
 この本はみどりさんから頂いたときから少しずつ読んでいきました。
 歌舞伎・能・狂言などまったくといっていいほど鑑賞したことがない私なので、「おなじみの方々向け」のこの本のかくし味にいたることはできません。
 わからないなりにも、何度も鑑賞されて御贔屓もあるような方々の気分を知っていき、多少歌舞伎に触れていければと思っていました。
 しかし、これは、これはと読んでいけば、本当に日本文化が煮つまってしまいそうで、息抜きに他の本を読みました。
 そんなおりテレビで、『鰯売り恋の曳網』について放送していました。過去演じたそれぞれの役者の演技を古いフイルムも用いて比較して解説しており、つい見入ってしまいました。山川静夫がこの『鰯売り恋の曳網』について述べているのは脇役を演じる南京豆のあだなのある荒次郎という人のことです。荒次郎が演じた藪熊次郎太がこの物語でのどんな役かあらすじを読んでもわからないのですが、こういう脇役で非常に生きていたので印象に残っているという話しでした。(三島由紀夫の原作を読めばわかるのだろうと思いますが)そして、彼がやはり「なじみの方々」にも舞台に出るなり「南京豆!」「ピーナツ!」と声がかかり愛されている様子が述べられていました。
 読み終えて、とんと艶消しになってしまいますが、「庭訓」と「六歌仙」について記録します。
 「庭訓」とは、家庭教育というほどの意味合いのようです。著者は茶の間での歌舞伎の話題などで子どもに自然に正義や人の情けや意地や誇りといったことを学んでいってほしいとの願いのようです。こんな庭訓を受ける環境になかった私にとっては、いい意味で練れた人生に欠けていたとの観があります。50歳前後で人形劇にかかわった8年間が終わるころからやっと芸能に目覚めたといえましょうか。
 「六歌仙」では、貫之が、和歌が人間に対してどんな働きをするかを述べた序文をひいています。「やまと歌は、人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける。(中略)力をも入れずして、天地を動かし、目に見えに鬼神をもあはれとも思はせ、男女のなかをもやわらげ、猛きものゝふの心をも、慰むるは歌なり」この「歌」を「歌舞伎」と置き換えても十分に通用する名文と言っているからこそ、役者の演技の微細にこころふるう思いをこのように文にし本にまとめたのではないかと思えました。
 このような図書にも親しんでおられるみどりさんの舞踊の奥行きの深さが感じられる読書体験でもありました。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(2) | TB(0) | ▲ top
<<『真昼なのに昏い部屋』 | メイン | 『老いのかたち』>>
コメント
-  -
 此の本は読んで頂けないかも……などと思案しながら入れてみました。
私も其れほど沢山、歌舞伎を観てはいませんが、父親が浅草の鳥越育ちで、結婚前には着流し姿で、浅草辺りで遊んでいたよう人でした。
お芝居や講談が大好きでした。母も跡取り娘でしたのに、父親を早くに亡くし、縁戚を頼って上京し、仲居さんなどをして母親を助け、弟たちと妹へ仕送りを続けたそうです。
ですから二人とも教養があった訳ではなく、いわゆる芸能好き、芸事好きな家庭でした。芝居小屋や映画には幼い時から通いました。
隣りに、我が家よりずっとお金持ちの年下の幼友達が古典舞踊のお稽古に通っておりました。
小学生の頃から舞台のある時は、家族中で彼女の踊りを観賞。古典舞踊は歌舞伎の世界が色濃く反映されております。
ーという次第で踊り好きな人生になってしまいました。
当時はお金持ちの娘だったら「私も踊りが習えたのに」と思いましたが、高校へも行けない貧乏暮らしでした。
現在私が踊っておりますのは、40代半ばから始めた「新舞踊」という分野で、演歌や民謡的な曲目に振付けられた踊りです。
どの道もそれなりの厳しさはありますが、かなり高齢の人たちでも愉しんで踊ることができます。
 前にも何処かで書いておりますが、歌舞伎や新派、新劇、オペラも音楽会も、チケット代があまりに高くて、入場税をもっと低くして欲しいと演劇関係の方々が運動していました。
今でも効果はまったく見えませんが、イタリアなど外国の例では、びっくりする程チケット代が安いそうですね。
文化や芸術に対しての国の姿勢も違うように思いました。
2013/03/23 00:29  | URL | みどり #-[ 編集]
-  -
 このような話題では、「田舎の学問より都の昼寝」という言葉に尽きるの思いがします。
映画やテレビのなかった時代、このような芸能が日本の言葉や情緒の涵養に果たした役割は大きく、それに触れることのなかった地域や階級の人との差は如何ほどであったであろうかと思います。
 司馬遼太郎の『菜の花の沖』のなかで北前船で財を成した高田屋嘉兵衛が、どんな航海にも浄瑠璃本を携帯しており、淋しさや手持ち無沙汰を慰め、元気づけていて、読んでいるうち波の上での浄瑠璃が物語のリズムになっているような錯覚に陥りました。江戸時代の町人は、文楽や浄瑠璃を 見る事が大変な娯楽であると同時に、それを 見たり聞いたりして言葉を磨いていたのだろうと思いました。
 歌舞伎による素地がみどりさんの詩や俳句や短歌をつくり、舞踏に果たしている役割もあるのでしょうかね。
2013/03/23 19:42  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/569-50d59222

| メイン |